二人だけの結婚式

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◆◇◆  身支度を調えて中央のコテージに行ったのは、午前九時少し前。遅めの朝食はバターたっぷりのトーストとサラダ、オニオンスープにベーコンエッグだった。 「本日の夕食はどういたしましょうか?」 「部屋で作ろうと思っているんだが」 「そうですか。日中は出られますか?」 「あぁ」  支配人がニコニコと話しかけてくるのに、クラウルは穏やかに応じている。ゼロスも昨日よりはずっと気が楽だ。何でもこの支配人、若い頃はハッセ家に仕えていたらしい。その為、ハッセの客人は特別気に掛けてしまうのだとか。 「では、お帰りの際に買い物を?」 「そのつもりでいるが」 「材料が決まっているのでしたら、お帰りになる時間くらいにお届けに上がりましょうか?」 「え!」  流石にそれは申し訳ない。そんな思いで支配人を見ると、彼は柔和な笑みを浮かべた。 「他のお客様にも行っているサービスでございますし、食材費は頂きますのでご安心ください」 「どうだろう、ゼロス?」 「あぁ、そういう事なら……」  他の客にもしているなら気兼ねない。必要な物をメモした紙を支配人に渡すと、「少々お借りします」と言って奥へと下がり、次には内容を書き写した物を持って確認を求められる。間違いない事を確かめ、渡したほうのメモは返してくれた。 「お帰りはいつぐらいになりましょう?」 「夕方には戻るつもりでいる」 「では、それより少し後にお届けに参ります」  丁寧に礼をして下がっていく人を見送り、ゼロスとクラウルは顔を見合わせて笑ったのだった。  その足で町に出てみた。リゾート地でもあるから賑やかで、煌びやかな市が出ている。その間をとりとめもなく見ているのだ。 「それにしても暑いな」  ジャケットこそ来ていないが、下はしっかりとスラックスで、上は襟のあるシャツだ。ちなみにジャケットは荷物に丁寧に畳んで入れてある。 「でもクラウルは夏でもそんなに暑そうにしていないだろ?」  記憶を辿ってみるとそうだ。まぁ、室内での様子が多いけれど屋外でもそれほど暑そうには感じなかった。  この質問に、クラウルは苦笑した。 「俺とファウスト、そしてシウスの制服は特注なんだ」 「え?」 「主に夏用の制服のジャケットだが、通常の制服よりも薄くて通気性のいい布で作ってもらっている」 「そうなのか!」  そんなものがあるのか。あるなら是非ともお願いしたい。外での訓練が多い騎兵府はとにかく夏は地獄をみる。給水も休憩も多く取るが、それでもバテるのだ。  勿論制服のジャケットは脱いでいいし、夏はネクタイも外していい。下のワイシャツは薄手で半袖になっている。 「それ、俺も欲しい」 「特注で、全額自腹だ。しかも価格は通常の制服の二倍から三倍。薄い分だけ耐久性もないし、破けやすい。何かに引っかけた途端に十五フェリス(約15万円)が吹っ飛ぶ」 「十五フェリス!」  あまりの金額に目眩がした。六年目に突入したゼロスの月の給料が十八フェリス(約18万)くらいなので、それを一つ買うと後は本当に哀しくなる。  ちなみに騎士団の制服は基本支給される。入隊した時に三着、その後一年ごとに採寸が行われ、体格に合わなくなると古い物は返してサイズに合った物を支給される。  戦闘で制服をダメにしてしまった場合はやむなしなので無償支給されるが、不注意でダメにした場合は自費購入となる。それでも通常の価格は五フェリス(約5万円)で、そこから半額控除がでるので二フェリスと一ロード(約2万5千円)で購入できる。  そこにきて一着十五フェリス。しかも引っかけたら破けるなんて……怖すぎる。 「シウスは大事に着ているし、ほぼ内勤だから二着を洗い替えで着回しているが。俺とファウストはそうも行かなくてな。これまで三着くらいはダメにした」 「三着!」 「ファウストなんて今のが五着目だったか。やらかした日はあからさまに凹んでる。しかも俺とファウストは体が大きいから使用する布が多くて余計に割高だ。シウスのは十三フェリスだったらしい」 「……俺はいらない」 「賢明だ」  苦笑したクラウルが額の汗を拭う。そしてふと、小さな店を指さした。 「休憩していかないか?」  そこは、美味しそうなジェラートの店だった。  板張りの店内は心なしかひんやりと気持ちがいい。店の奥の方では女性店員が笑顔で客の対応をしている。  食べ歩きもできるようだが、店内にもカフェスペースがある。せっかくならこの涼しい場所で涼みたいと、店内で食べる事にした。 「お味はどうしましょうか?」 「えっと……」  とはいえ、あまりこういうオシャレな店は来た事がないし、ジェラートなんて腹に溜まらないものは付き合いでなければ食べない。いかに質より量を取りがちかと反省したくなってくる。 「おすすめはバニラとチョコ、あとは季節限定もありますよ」  笑顔の店員さんが教えてくれた季節限定。それを見たゼロスは早かった。 「では、バニラと白桃を」 「はい。そちらのお客様はいかがなさいますか?」 「バニラと洋梨で」 「かしこまりました。席でお待ちください」  空いている席についていいということで、窓際の席を選んだ。そこから表を見ている間に、銀製のカップに入った冷たいジェラートが届く。  お互いに一口。食べた途端に広がったのは果肉を感じさせる白桃の上品な甘みと冷たい感触。それは、まるで昨日のキスのようで。 「……」  思い出してしまった。いや、注文した時に多少意識したのだ。今のゼロスにとって白桃は、クラウルとのキスの味になっていた。  なんて、恥ずかしくて言えない。静かに食べていると、クラウルの方から忍び笑いが聞こえた。 「なに」 「いや、妙な顔をしているから」 「……べつに」 「当てようか?」 「いい!」 「俺は、昨日のキスを思い出したよ」 「……」 「洋梨。直前にお前が食べていたからな」 「……俺も、ですよ」  本当に恥ずかしい。この姿を他の奴に見られていないというのは安心する。絶対に王都ではこんな事はできない。どこで誰が見ているかと思うと、ここまで甘い空気は出せない。  顔が火照る感じがある。目の前の人は平和ぼけしたように笑っている。日差しは暑いが店の中は適度に涼しく、差し込む日差しはガラスを通してやわらかい。  あぁ、平和だな……。  そんな気持ちがふと、胸の中を埋めていった。
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