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◆◇◆
その日の夜、帰ってきたクラウルに宿泊の件を伝えた。申し訳ない顔をしながらも楽しみだと言う人に、ゼロスは少し暗い顔をしてしまう。
「どうした、ゼロス?」
「あっ……あの、さ……。グリフィス様に聞いたんだけど、丘の上の教会が綺麗だって」
「あぁ、海が見渡せるのか?」
「みたいだ。それで、その…………俺達は式を挙げないのかって」
思いがけない方向に話がいったのだろう。クラウルは珍しく目を丸くして、次には真剣な顔をした。
「どうやら結婚式を挙げる人が多いリゾート地らしいんだ。それでも、俺達もかって」
「俺としては嬉しいが。ゼロス、お前はもういいのか?」
「もういい」というのは、覚悟の話なんだろう。正直よく分からない。だがもう、クラウルの部屋に半分住んでいるみたいなものだ。今更な気もしている。
「……地味婚、希望だったか」
「地味婚というよりは、人の多い所で大々的に式を挙げるというのが……恥ずかしい。どんな顔をしていいか分からないし、見られているのも落ち着かない。ましてや色んな人に見られていると意識しながらキスなんて……とても出来ないと思っている」
想像だけで逃げたくなるのだ。
それを聞くクラウルが困ったように考える。だがやがて、とても穏やかに微笑んだ。
「では、式は二人で挙げよう」
「え?」
「その代わり、色々と言われる覚悟はしておけよ。ランバート達はきっと怒るぞ」
「後日、酒盛りするさ」
「カーライルも文句を言う」
「報告はさせていただくよ」
「家族はちゃんと披露宴をしなければならないぞ」
「そこはちゃんとする。改めて場を設けて、両家で」
「分かった」
溜息一つ。けれどその表情に負の感情はない。穏やかで優しく、困った子供でも見るような目だ。
「指輪は明日にでも見に行こう。注文だけは早くしておかないと、いつできるか分からないからな」
「分かった」
不意に決まった明日の予定。明日は安息日だ。
それも嬉しい気がしている。不意に決まった事だけれど、これは嬉しい誤算だった。
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