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海辺リゾート
こうして、あれよあれよと月日は過ぎた。
ランバート達からも送り出されてそれぞれ馬に乗り、一路コディール領へと向かう。
だが思えば、クラウルと馬を並べてということが経験なかった。そもそもクラウルはあまり馬に乗ってということがないのだ。暗府は徒歩が多い。それは、彼等の機動力が馬を使う事で逆に損なわれるからだった。
暗府の俊敏性や機動力は第二師団にも並ぶ。そこに変装や隠密という隠れる術を入れるのだ。到底捕まえられるものではない。
演じる人間によって乗り物も変える。馬車の時もあれば馬で単騎もあるだろうが、どちらかと言えば自分の足が落ち着くらしかった。
「クラウル、早い」
「悪かった」
一日目の行程を予定よりも少し早く終え、目的の中間の町で一泊する。馬は馬屋に預けて手入れをしてもらっている。
それほど急いで走らせるわけではないが、クラウルの馬はとても早かった。ゼロスもそこそこだと思っていたが、彼に合わせると自然と自分のペースよりも早くなってしまう。そのせいか、少し疲れた。
悔しい。流石に騎兵府のゼロスの方が馬術については上か、並べると思ったのに。
「無駄にハイスペック」
「そう拗ねないでくれ」
「自分の不甲斐なさに嫌気が差しているだけなので、お気になさらず。そのうち落ち着きます」
本当に、自分が情けない。誰が悪いのではない。悪いと言うならば自分の力不足だろう。それを補う努力をすればもう少し差も詰められるはずなのに。
とはいえ楽しいのは本当だ。仕事の時のように髪を撫でつけていないし、服装もラフで色が入る。髪を下ろし、細身のスラックスに薄手の青いチュニックを着て、腰には細めのベルトと護身用に剣を差して。こんなにシンプルな格好なのに余計に色気が出る。首元や鎖骨の見え方がいつもより大胆に思える。多分首元の紐を緩くしているから肌が見えるのだ。
緩く締めているベルトだってどうだ、しっかりしている割には細い。そして腰の位置が高い。普段は上着で隠れている尻回りも露わだ。
正直、目のやり場に困る。
ベッドにうつ伏せになっているゼロスは枕に顔を埋める。二人きりで妙に意識している。普段も二人きりの場面はあるが、こんなに長時間ではない。こんな調子じゃバテる気がする。彼氏の顔が良すぎるというのも困るかもしれない。
そんなゼロスの横に腰を下ろしたクラウルが、不意に腰に手を置く。驚くが、次に絶妙な力で揉み込まれると気持ち良すぎて声が出た。「ぅはぁぁぁ……」という気の抜けた声が出た事が恥ずかしい。だが、背後からするのは気の抜けた笑い声だ。
「久々に長い乗馬だったからな」
「んぅぅふ……」
「それにしても、触るとまた違うな。しなやかな筋肉だ。随分と逞しくなった」
「はぁぁ……そこ気持ちいい……」
「……妙な声を出されると反応するんだが」
「今日はしない」
「分かっているから声を抑えろ。それでなくても一日お前と一緒で色々と煽られているんだ。あまり俺の忍耐を試さないでくれ」
気持ちのいい場所を適度な力で揉み込まれ、気持ち良くトロトロとしてくる。やっぱり自分のペースではないと疲れるのだろう。心地よく思う反面、少し驚いてしまう。この人も自分と同じなのだと。
「くくっ」
「ん?」
「アンタが俺に煽られるなんて、可笑しいなと思ったんだ」
自分にそんな色気はない。そりゃ、モテないとは思っていないが。それでも周囲をこれだけ雰囲気のある美形に囲まれて自分も同じだなんて思えはしない。
それでもこの人はゼロスに煽られる。それが嬉しいような、ムズムズした気分にさせられる。
困った顔をするクラウルの手が腰から引いて、力が抜けている所をひっくり返される。突然視界が枕から天井になり、驚いている間に唇を塞がれた。
「んぅ……ふっ……」
最初から舌を差し込まれ、しっかりと絡められるキスは響く。リラックスしているから余計にクラクラしてくる。
「クラウル」
「お前は色っぽいし、俺の目からは可愛く見える。煽られて当然だ」
「真剣な顔で恥ずかしい」
「真剣だ。他の誰にも渡さない」
真っ直ぐ向けられる視線を見れば嘘はないと分かる。この人の目に何かしらの色眼鏡が掛かっている可能性はあるが。
「……恥ずかしい」
「お前以外誰も聞いていないからいいだろ?」
「……まぁ」
どうしたらいい、既に心臓が限界だ。思わず両手で顔を覆ってしまうと、クラウルは楽しげに笑って体を引いてくれる。
「さて、食べに出るか。さっき宿の女将に美味い店を聞いてきた。羊料理の美味い店があるらしいぞ」
「あぁ、行く」
引いてくれた。それにホッとする反面、少し惜しい気もする。矛盾しているのは分かっているが、これは仕方がない。この矛盾を含めて恋というのだろうから。
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