217人が本棚に入れています
本棚に追加
二人だけの結婚式
翌日朝、大きなベッドで目が覚めた。隣ではまだ目を閉じたままのクラウルがいる。上半身は裸のまま、下はちゃんと履いている。
昨日はしなかった。まずはしっかりと体を休めようと互いに納得はしたが、こんなに近くにいては多少は触れたい。キスをして、切ない気持ちもあった。触れて欲しいような気もしたが、それをゼロスからは言い出さなかった。
『明日は、沢山抱かせてくれ』
宣言のように言われ、真剣に見つめられて心臓が煩くなった。勿論ゼロスもそのつもりでいる。
それにしても、こんなにマジマジと黙ってクラウルの顔を見られるのは珍しい。この人は大抵ゼロスよりも早く目を覚ますか、ゼロスが起きた事に気づいて起きてしまう。敏感なんだ。
睫毛が長い。眉の形も綺麗だ。鼻筋が通っていて、額も適度な広さで滑らかだ。身長に対して頭が小さくて、唇は少し大きいのか?
こんな人が、今日旦那になる。まだ婚姻届は出していないけれど、戻ったら出す予定になっている。未だに信じられない思いがどこかにあるなんて言えば、この人は哀しい顔をするだろうか。
「……ふふっ」
「!」
「そんなに見られると流石に恥ずかしいんだが?」
薄らと開いた黒い目が楽しげにしている。それに、ゼロスは大慌てで背中を向けた。
起きていたのに気づかなかったなんて、間抜けにも程がある。観察しているようで観察されていたのだろうか。間抜け面だったに違いない。
「ゼロス」
背中から回った腕が抱きしめてくる。後ろに感じる熱に安心するようになった。
「怒らないでくれ」
「意地悪だ」
「あまりに真剣に見つめるものだから」
「……気づかなかったなんて、恥ずかしい」
「気配を消すプロだぞ、俺は」
「こんな所で商売道具を持ち出さないでくれ」
「お前が可愛かったから、もう少しあのままでいたかったんだ」
項に触れる唇がくすぐったい。そのまま背骨を伝うように少しずつキスは降りていく。これだけで、体は何かを期待して反応してしまう。思わせぶりな刺激が響いてくる。
思えばこんなに長く一緒にいるのに、まだ一度も体を重ねていない。でも妙に相手を意識して、期待しているのは確かなんだ。
「……今夜まで、お預けだ」
「分かってる」
「明日はでかけずに過ごそう」
それは、抱き潰すということだろうか。
いや、それでいい。ゼロスも今日に限っては止まれる気がしない。クラウル不足なんだ、満足いくまで確かめたい。
「さて、朝食を軽く食べたら町を見て回るか」
「そうだな」
起き出して、ゼロスもそれに従う。今日は少しちゃんとした格好をするつもりで用意した。流石に式を挙げるのにハーフパンツにシャツ一枚でサンダルというのは格好がつかない。
「夕食はどうする? 町でいいところを見繕うか?」
「それなんだけれど」
「ん?」
「俺に、作らせてくれないか? あまり凝ったものは作れないけれど」
これには、勇気が必要だった。
クラウルから「手料理が食べたい」と言われて、ゼロスは練習していた。平日の遅い時間、ランバートとコンラッドに習って。試食はレイバンやハリー、ドゥーガルド達がしてくれた。一応彼等が「美味い」と言うものは作れるようになった。
クラウルは目を丸くしている。結婚式当日のディナーだ、やっぱり気張った店がいいだろうか。取り下げようと顔を上げるが、その前に強く抱きしめられた。
「有り難う」
「……あまり、期待しないでくれ」
「間違いなく完食する」
「無理しなくていいからさ」
「嬉しいんだ、単純に」
もう、この人どうしたらいい。少し盲目しぎやしないか?
でも……有り難う。少しだけ気が楽になった。
「式を挙げて、買い物をして帰ろう。お祝いのワインと、ケーキも買おう」
「うん」
自信なんてない。でも笑えるのは、この人なら大丈夫だろうという安心感なのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!