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「そうだな。言わなくて正解だった。これで、今生の別れではなくなった。あの本は君に返そう」
敏彦も柔らかい表情に変わる。出会った日と同じ、あの初夏の爽やかな微笑みだった。
その表情に、今まで抑えていた感情が弾けだす。
気づいたときには、敏彦の胸に飛び込んでいた。
「それなら尚更、あの本は貴方が持っていてください。そして――」
俊平はゆっくりと顔をあげると、敏彦は驚いたように目を見開いていた。
「次に会う時に、返しに来てください」
「……ああ。分かった。約束する」
敏彦が優しく微笑み、背に回していた腕に力を込めた。
俊平の頬に涙が伝う。それでも頬は緩んでいた。
「泣くなよ。日本男児だろ」
「これは嬉し涙です」
「泣いていることには、変わりないだろ」
「意味合いが違いますから」
くだらない会話なのに、お互いに笑みがこぼれてしまう。
何年かかるか、何十年かかるか分からない。それでも、ここで待ち続けようと俊平は心に誓う。
愛しい人との思い出を噛み締めながら、移り行く季節を映し出すこの木の下で――
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