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初夏の眩しい日差しが、緑の葉に遮られ涼し気な影を紙の上に落とす。
大学の校舎裏。楓の木に背を預け、高畠 俊平は書物に目を落としていた。
そろそろ戻ろうかと、俊平はメモ用紙を栞代わりに挟むと本を閉じる。
「君! 萩原朔太郎が好きなのか?」
突然声がかかったことで、俊平は肩を跳ね上げ、声のした方へと向く。
俊平と同じ黒の詰め襟の制服に身を包み、学帽を被った男が驚いた表情で佇んでいた。
「月に吠える、だろ? よく、その本を手に入れたな。探してもなかなか手に入らない本じゃないか。あったとしても、手が出せないほどの高値で売られているはずだ」
興奮気味で語る知らない男に、俊平はだじろいだ。
「ごめん。驚かせるつもりはなかった」
俊平の様子にようやく気づいたのか、男は困った顔で口元を緩く上げた。
それでも、視線は手元にある書物に向けられていて、よっぽど気になっているようだ。
「……よかったら、読みますか?」
俊平は持っていた書物を、そっと男に差し出す。そんな顔で見られてしまっては、貸さないわけにはいかないだろう。
「でも、まだ君も読んでいる途中だろ?」
目を瞬かせ、男は驚いたような表情を向けてくる。
言葉とは裏腹に、男はどうにも落ち着かない様子だ。
少しおかしくなって俊平は小さく笑った。こんなにも、物欲しそうな目で書物を欲する人に出会ったことがない。
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