01. オレのおにーさん

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01. オレのおにーさん

 勇敢なヒロインは愛の力で苦難を乗り越えて王子様と結ばれて、めでたしめでたし。物語はいつもそこまで。  めでたしめでたしのその先にある時間の方が、王子様と出会ってから結ばれるまでの時間よりも遥かに長いはずなのに、誰もその向こうにある物語を教えてはくれない。  例えばお城で結婚式が終わった後の夜、二人は何の引っ掛かりも問題もなく、すんなりと結ばれることができたのかな?  勇敢なヒロインはいくら大好きな王子様が相手でも、自分の全てをさらけ出して恥ずかしいところも全部見られて触られて、初めてそんなことをするのに少しの迷いも感じなかったのかな?  教科書になんか当然載ってない、ネットや雑誌を探してもいまいちピンとこないことばっかり書かれてる。  オレが本当に知りたいのは、めでたしめでたしの向こう側。誰も教えてはくれない、王子様と初めてひとつになるその瞬間なのに。  おにーさんと一年ぶりに会えたあの夜から、明日でちょうど一ヶ月。  こうやっておにーさんのバイトが終わるのを藤澤の駅前のカフェで待つのは、これが八回目。  こんなふうに会えた回数とかいちいち覚えてるオレって相当キモいし重いのは分かってるけど、オレにとっては超重要なことだから忘れるわけにはいかない。なんか今でもこうしてるのが夢みたいで、ふわふわして落ち着かないや。  ホントは毎日だって会いたいけど、一年前と違ってオレは夜に学校、おにーさんは昼にバイトがあって、時間帯も真逆だからすれ違っちゃってる。でもオレは今週から夏休みだから、これからしばらくは毎日こうやっておにーさんに会いに行ける。  おにーさんが来たらすぐに分かるように、いつもみたいに窓側のカウンター席に座ってぼーっと外を眺めてる。駅前は家に帰ろうと急ぐ人たちでいっぱいで、その上の空は燃えるようなオレンジ色から深い藍色へのグラデーション。オレ、この瞬間の空の色好きだなあ。  夕方のカフェで待ち合わせとか、これってもしかしなくてもリア充の極みだよな。うわ、なんか今になって緊張してきたし。いい加減慣れろよ、オレの心臓。  周りの人から見ても分かんのかな、今のオレが彼氏と待ち合わせしてるって。 (……んなわけ、ないか)  彼女、だよな。普通は。  舞い上がってると時々忘れそうになる。オレとおにーさんの関係は、誰にも言えない秘密なんだった。  こういう時、普通の恋人同士ならきっと仲のいい友達に話して、よかったね、おめでとうって、みんなで喜ぶんだろうけど、オレとおにーさんは違う。バレたらきっと、変な目で見られる。  オレだけなら別にいい、普通じゃないものを見る目で見られるのなんて子供の頃から慣れてるし。だけど、おにーさんは。 (ちゃんと隠さなきゃ。誰にも気付かれないように、オレがしっかりしてないと)  別にどうってことない。オレには仲のいい友達なんていないし、親には黙ってれば済む話だ。おにーさんと会えなかったこの一年を思えば、毎日おにーさんと会える今を守るためならどんなことだって耐えられる。  それに、今は一年前とは違う。あの時のオレはおにーさんに触ることができなかったけど、今はいつだって触れるから。  そうだ。オレとおにーさんはもう、触ったり、触られたり、そういうことをする関係なんだ。 『後悔したって、知らないからな』  あの夜、おにーさんと数え切れないくらいいっぱいキスした。  ちょっと触ってすぐ離れるような軽いキスだけじゃなくて、もっと深いとこまでおにーさんが入ってくるような大人のキスも、初めてされた。最初は立ったまましてたのに、いつの間にか壁に押さえつけられてて、そのうち座ってて、そのうち畳に押し倒されてて。  やっぱりおにーさんは経験したことがあるから、ああいうのもスムーズにできたのかな。オレはただ呼吸するだけでやっとだったのに。  ……あの時のおにーさん、息が少し荒くてすごくエッチだった。おにーさんもオレとキスして、興奮してたのかなあ。 「……」  キスしてる間、おにーさんはずっと服の下でオレの身体を触ってた。男の胸なんて触ったって興奮するわけないと思ってたのに、おにーさんの手がオレの身体を触ってるって思うとなんかもうそれだけでめちゃくちゃ恥ずかしくて、ちょっと変な声まで出してたような気がする。あんまり覚えてないけど。  それで、それから。自分でも気付かないうちに勃ってたオレを、おにーさんは。 『絢斗……いい? 触っても』 『えっ、あ……ちょっ、待って』 『嫌ならちゃんと言ってくれて大丈夫だから。絢斗の嫌なことは絶対にしない』 『……あの、えっと……オレは』 『うん』 『さ……さわって。おにーさん』 『いいの?』 『……うん』  おにーさんの指は、すごく優しかった。ガマン汁でべたべたになってたオレのを全然嫌がったりしないで、優しく触ってくれた。  嘘みたいな、夢みたいな、不思議な時間だった。あのキラキラして、眩しくて、優しくて、夢みたいな綺麗な絵を描いてきた手が、オレのつまんない世界を一瞬で変えてくれた魔法の指が、オレのいちばん恥ずかしいところを触ってる。こんなことが現実になるなんて、この世界はホントに何が起こるのか誰にも分からないんだ、そんなことを考えてた。自分の将来なんてどうせつまんないことしか待ってないと思ってたのに、こんなに信じられないくらいの幸せが待ってたなんて、きっとおにーさんと出会わなかったら知らないまま死んでた。今まで寂しいとか悔しいとかって理由で泣いたことは数え切れないほどあったけど、幸せで泣いたのは生まれて初めてだった。  その後のことは思い出そうとしてもよく思い出せない。頭がだんだん真っ白になっていって、余計なこと何も考えられなくて、でもおにーさんの指とか手のひらの感触だけはやたらはっきりと覚えてる。声が勝手に出ちゃうのが恥ずかしくて、自分の手の甲で口を押さえてたのも何となくだけど覚えてる。  それで、そのまま、オレは。 『……んっ、おにーさ……っ、あっ』 『あ……』 『ご、ごめ……っ、ごめんね、おにーさん』 『絢斗、かわいい』 『……ばか』  イくところを自分以外の誰かに見られたのは、初めてだった。しかもそれが、おにーさんだとか。しかもしかも、見られただけじゃなくて、おにーさんに触られてイっちゃったんだよな、オレ。 (うっ……わあ~)  もうこれ、恥ずいとかってレベル超えてんだけど。冷静になって考えると、ってか冷静になんなくても普通にありえないし、気まずい。気まず過ぎる。  あの時はただもう夢中だったけど、オレ、すっげー恥ずかしいとこおにーさんに見られちゃったんだ。おにーさんと、しちゃったんだ。  なんかまだ信じられないよ。今までずっとオレの想像でしかなかったことを、いや、想像よりもっとすごいこと、あの夜におにーさんとしちゃったんだよな、オレ。  まだおにーさんのを挿れられるとこまでは行かなかったけど、触られるだけでもあんなに恥ずかしいのに。最後までエッチするのって、あれよりもっとすごいことするんだよな。あれよりもっと恥ずかしいことなんて、なんかもうオレの想像できる範囲超えてて考えられない。  オレ、おにーさんとちゃんとエッチできんのかなあ。  あー、どうしよ。  頭ん中おにーさんでいっぱいで、他のこと考えらんないや。  やばいやばい、今のオレ絶対エッチなこと考えてる顔してる。周りの人に見られないように、テーブルに突っ伏して寝たふりした。窓側のカウンター席にしといてよかった。  てか、世の中のカップルってみんな、あんなすごいことしちゃってるのかな。それで普通の顔して会って話もしてるなんて、何それホントにありえないし。恥ずかしくないの? 気まずくないの?  オレ、今でもおにーさんに会う時、どんな顔してればいいのか全っ然分かんないよ。どうしてみんな、何でもないような顔してエッチなことできるんだろう。  ダメだ、少し落ち着こう。まだほとんど口をつけてない冷たいカフェラテに手を伸ばそうと顔を上げた時、人混みの中でこっちに向かって歩いてくる人を見つけた。短めの黒い髪、周りよりちょっと背が高い、すらっとした体格。多分本人はぼーっと歩いてるだけなんだろうけど、無表情だとちょっと近寄りがたい感じがする。思ってること顔に出にくいタイプなだけで、ホントは結構分かりやすい性格だってことを知ってる人は、世界に何人くらいいるんだろう?  ついその姿を目で追ってると、改札口の前あたりに来たところで目が合った。その途端、嬉しそうににこって笑って片手を上げて小さく振ってくれる。胸の奥がふわあってなって、手を振るのも忘れてぼーっとしちゃってた。  ぼけっとしてる間にその人は店の中に入ってきて、真っ直ぐこっちに歩いてくる。 「絢斗」 「……お疲れ」  なんかまだ顔見られない。ストローでカフェラテ飲みながら、その間に何とか心を静める。おにーさんはオレの隣の椅子に持ってたカバンを置いた。 「今日は体調どうだ? 昼間、暑かったろ」 「あ、ああ……うん、平気」 「そっか。しんどくなったら言えよ」  言い終わらないうちに、おにーさんの大きい手がオレの頭をくしゃっと撫でた。 「うひゃっ」 「俺もコーヒー買ってくる」  そのまま何でもないみたいな顔して、レジの方に行っちゃった。  えー……なんでおにーさん、今日も普通にできんの?  いつものことだけど、たまにはおにーさんも気にしてるような素振り見せてくれたってよくね?  もしかしてあれからこんな意識してんのってオレだけ? なんかそれってずるくない?  *  オレの家はおにーさんが住んでるあのビデオ店と同じ市内にあるけど、最寄りの駅はひとつ離れてる。今日みたいにオレの学校が休みの日だと待ち合わせした後はいつも、おにーさんはわざわざオレの住んでる駅まで乗り越して一緒に来てくれて、海辺の遊歩道を一緒にぶらぶらしながらオレの家の近くまで送ってくれる。バイトで疲れてるのに、電車の運賃も余分に払ってるのに、おにーさんは文句ひとつ言わない。  ここまでしてくれてるのに、オレ、おにーさんに何も返せてないな。オレがおにーさんにしてあげられることって何だろう。頭悪いし運動もダメだし、特技も才能も何もない。そんなオレでもできて、おにーさんが喜んでくれることって言ったら、やっぱり……。 「あの、絢斗」  それまで今日あったことを話してたおにーさんが、急に真剣な声でオレのこと呼んだ。 「えっ、な、なに?」  咄嗟に返事したけど、明らかに声が上擦ってる。おにーさん、困った顔してる。 「俺が言うことじゃないんだけど……そんな、意識しなくて大丈夫だから」 「い、イシキ? な、何を?」  明らかに意識してますよって言ってるみたいな言い方なのは自分でも分かる。おにーさんにもモロバレだろうな。 「今までと同じで大丈夫だよ」  その時、遊歩道のすぐ隣にある道路を中学生くらいの子たち数人がきゃーきゃー言いながら自転車で走り去って行った。あわてておにーさんから少し距離をとる。自転車が向こうに行った後も、おにーさんは少し困ったような目でオレのこと見てた。 「……なんでおにーさん、普通でいられんの」 「え?」 「ずるいよ、おにーさん。……オレばっかり、キョドってるし」  おにーさんは悪くないの、分かってる。それでもいつもオレだけがこんなに意識してるみたいで、って言うか実際そうなんだけど、それってなんだか不公平だ。 「そ、そりゃ……絢斗は初めてだったんだろ? 意識しちゃうのは仕方ないよ。誰にだって初めてはあるし、そんなに気にすることじゃない」 「おにーさんにもあったの?」 「当たり前だろ。みんな通る道なんだから、何も恥ずかしいことじゃないんだよ」 「いや、普通に恥ずいことなんだけど……」  あの夜のこと思い出しちゃって、これ以上ないくらい気まずい。今まで会ってる間はなるべく思い出さないように気を付けてたけど、そろそろもう限界だ。やっぱり、何でもない顔して話なんかできないよ。 「こればっかりは慣れるしかないからな。焦らなくていい、ゆっくりで」 「……おにーさんは、それでいいの?」 「俺は、絢斗のペースを大事にしたい」 「そんなこと言ってたら、いつまで経ってもちゃんとエッチできないよ。おにーさん、したくないの?」  おにーさんはオレから目を逸らして、髪をいじりながら海の方を見た。顔ちょっと赤い。 「いや、そりゃ……したいよ。正直に言えば、今すぐにでも」 「ほら」 「でも、それだけじゃないよ。絢斗の気持ちがまだ決まってないのに、その……無理やりとか、そんなことは絶対にしたくないし」 「気持ちは決まってるんだよ、それは本当。でも……オレ」 「まだ怖いんだろ。それが普通なんだよ」  またオレの頭を大きい手がくしゃくしゃ撫でる。気持ちいいけど、なんか小さい子供にするみたいで、あんまり嬉しくない。 「気にするなって言っても無理があるのは分かるけど、絢斗は何も焦らなくていい。本当に、ゆっくりでいい」  そっと視線だけ上げると、おにーさんはオレのことじっと見てた。すごく優しい目で。 「もう一生会えないと思ってた絢斗と、今はこうして会おうと思えば毎日会える。それだけでもすごく幸せなんだよ、俺は。絢斗の気持ちが俺に追いつくのを待つくらい、どうってことない」 「おにーさん……」  あーもう、ホントにダメだって。そんなふうに見ないで。  おにーさんの手がオレの頭から離れる時、オレの髪の毛がおにーさんの指をするりと滑っていく。髪の一本一本にまで感覚があるみたいで、オレの身体中がおにーさんを感じ取ろうとしてるような気がした。  ドキドキする。頭がくらくらする。  どんな顔してどんなこと言えばいいのかな。  今のオレ、おにーさんにはどう見えてるんだろう?  言いたいことはいっぱいあるのに、そのどれも言葉にしようとすると何か違う気がして、なんて言えばいいのか全然分かんないや。  誰かに優しくされたら『ありがとう』? でも今のこの気持ちは、それとはちょっと違うような……。 「絢斗」 「ん?」  さっきまでオレたちの他にも散歩してる人がいたのに、もう周りには誰もいない。  おにーさんは、オレにそっと手を差し出してる。  海の向こうで今にも太陽が沈みそうだ。  おにーさんの黒い髪が、淡いオレンジ色に照らされてすごく綺麗。ぼーっとそれを眺めてると、おにーさんは優しく笑った。 「おいで」  ドキドキして、くらくらして、ぎゅーってなる。  おにーさんに顔見られたくない。きっと変な顔になってるから。オレって色が白いから、赤くなるとすぐバレるし。  だからおにーさんから隠れるみたいに、おにーさんの手をとってその胸にぎゅっと顔を押しつけた。  おにーさんの腕が、オレのことぎゅーってしてくれる。すごく優しいけど、オレを逃がさないみたいにしっかり抱きしめてくれる。  波の音がすごく遠くから聞こえるように感じるのは、オレの心臓がうるさいせいなのかな? それともこれは、おにーさんの音? 「好きだよ、絢斗」 「……うん」  おにーさんは最近、『好き』ってよく言ってくれる。一年前のおにーさんは、そんなこと全然言わなかったのに。だから今でもまだ慣れなくて、言われる度にどうしたらいいのか分かんなくなる。  よく知ってるおにーさんのはずなのに、好きって言われるとすげードキドキして、恥ずかしくて、泣きたくて、むずむずして、変な気分。  ああ、だけど。 「……絢斗」  身体中がふわあ~ってして、なんだかすごく気持ちいい。  でも胸の奥はぎゅーってしてて、時々いきなり泣きそうになる。おにーさんに抱きしめられて幸せなはずなのに、なんで泣きたくなるんだろ?  おにーさんに触られてると、心と身体が別々になってくみたいな感じがする。気持ちいいのに寂しくて、嬉しいのにむずむずして、ふわあ~ってするのにぎゅーってなる。なんなんだろ、変な感じ。  おにーさんのこと考えてると、なんだかふわあ~ってして気持ちいいの。触ってないのに身体の奥がじんじんして、熱くって、嬉しいのに、寂しくて、もっともっとって感じになる。  好きな人のこと考えてると、みんなこんな感じになるのかな? オレだけじゃないのかな。  おにーさんはどうなんだろう。オレのこと考えてると、おにーさんもふわあ~ってなるのかな?  じっとしてたら、おにーさんがオレの肩を押してちょっとだけ身体を離した。触っちゃいそうなくらい近い距離で目が合って、頭ん中ぼーっとしてる。  おにーさんの親指がオレの顎を優しくなぞって、唇に触りそうで触らないところをふわふわ撫でた。何しようとしてるのか分かっちゃって、またドキドキしてくる。 「……いい? 絢斗」  おにーさんはキスする前に、いつもオレにしていいか聞いてくる。そんなこといちいち聞かなくても、おにーさんがしたいなら黙ってしてもいいんだけどな。そんなに気遣われると、オレもちょっと困るって言うか。 「あの、聞かなくてもいいよ。それ」 「ん?」 「だから、あの……おにーさんがしたいなら、していい」 「絢斗は?」 「……」 「したくない?」  ずるいよなあ、絶対分かってんのに。わざと言わせて喜んでる。おにーさんってやっぱり、ムッツリスケベだ。 「……したい」  すごく嬉しそう。オレが断らないの知ってて聞くなんて、卑怯だよ。  これ以上オレのこんな顔見せてんのはなんか癪だから、目をぎゅっと瞑った。おにーさんが近づいてくる気配がして、湯気みたいに熱い息が唇に触る。  おにーさんの唇、熱い。ほんのちょっとだけコーヒーの匂いがする。 「……ん」  おにーさんはすぐに離れようとしないで、唇でオレの唇を優しく噛んでる。くち、開けた方がいいかな。なかに入れてってことだよね。  少しだけ開けると、隙間からおにーさんがなかに入ってきた。 「んん……っ、ふあ、っ……」  うわ、大人のキスだ。まだ慣れてないから、どうしても変な声が出ちゃう。恥ずかしい。 「……っ」  おにーさん、息荒い。もしかして、興奮してるのかな。いつもはあんまり思ってること顔に出さないのに、今オレとキスしてエッチな気分になってるのかな。  興奮してる時のおにーさんのキスって、すごくえっちだ。なんか思い出すな、一年前におにーさんの部屋に遊びに行って、初めてキスされた時のこと。オレはあれが生まれて初めてのキスだったから、あの時なかに入ろうとしてたおにーさんのことも怖くて受け入れられなかったけど。  でも今のおにーさんのキスは、あの時とはちょっと違う。今のおにーさんはすごくゆっくりしてくれてる。オレがビックリしないように、すごく時間かけて舐めてくれてるのが分かる。なんだかじれったくて、むずむずしてくる。もっとガッついてきてくれてもいいんだけどな。  おにーさんの唇がそっと離れていく。 「……はあ」  自分が震えてることに気が付いた。だからおにーさん、ゆっくりしてくれてたんだ。  どうしよう、震えが止まんない。おにーさんが見てるのに。目、見られない。身体が熱くて変な感じ。  足も震えて真っ直ぐ立てない。おにーさんに寄りかかると、おにーさんは優しくぎゅってしてくれた。 「でもなあ。怖いってことは絢斗に信用されてないってことなのかな、俺」 「そっ、そんなんじゃない! それはない、絶対に!」 「はは、冗談だって」  背中に手を回して、ぎゅっとおにーさんの服を掴んだ。今はこれでも精一杯だ。 「……オレ、頑張るよ。少しずつになると思うけど」 「だから、焦らなくていいって」 「違うよ。オレ、焦りたい。おにーさんと、ちゃんとエッチなことがしたい。早く」 「お……おう、そうか」 「おにーさんから見たらオレなんてまだガキだから、そんなに優しくしてくれるんだろうけど……オレもう、子供じゃないんだよ。だからおにーさん、オレのこと、ちゃんと見て」 「見てるよ、ちゃんと」 「おにーさんがオレとしたいって言ってくれたら、オレちゃんと応えるから。もう逃げたりしないから。嘘じゃないよ」 「……ん。ありがとう、絢斗」  おにーさんの手が、オレの頭をぽんぽん優しく触ってる。 「でも俺は、絢斗がしたいって思ってくれてからの方がいいな」  胸の奥が、ぎゅーってする。  頭ん中ぼんやりしてて、気を付けてないとおにーさんばっかり目で追っちゃう。  おにーさんがオレの頭撫でたり、手繋いだり、目をじっと見たり、抱きしめたり、キスしたり、その度に心も身体も全部やらしい想像でいっぱいになっちゃって、自分が自分じゃなくなってくみたいだ。  オレ、こんなにエッチなことばっかり考えるようなヤツじゃなかったのに。どっちかと言うとそんなに興味があるってわけじゃなくて、でも下ネタくらい話せた方がネットでの人間関係で困らないかな、くらいの気持ちで知識を集めてただけで、自分がそんな経験をする日が来るなんて思ってもみなかった。好きな人と一回だけでもエッチすると、こんなに頭ん中がエッチなことでいっぱいになるなんて、知らなかった。  でもいつもこんなことばっかり考えてるの、絶対にオレだけだよな。おにーさんは落ち着いてるし、今だって涼しい顔してるんだろうし、こんなエロい妄想で頭がいっぱいになることなんてないんだろうな。当たり前だ、オレよりずっと大人なんだから。  その時、おにーさんのズボンのポケットの中でスマホがブーブー振動する音が聞こえてきた。おにーさんはオレからそっと腕を離して、ちょっと申し訳なさそうな目でオレを覗き込む。 「……ごめん。ちょっと待ってて」 「うん」  邪魔にならないよう、オレの方から距離をとる。おにーさんはスマホを引っ張り出して電話に出た。 「もしもし? どうしたの、また今夜も帰らないの?」  ついさっきまであんなエッチなキスしてたのに、もう普通の顔で電話してる。どうしてみんな、普通でいられんだろう。オレが意識しすぎてんのかな?  なんかもうオレとおにーさん、温度差ありすぎ。  何となくおにーさんと反対方向を向いて、まだ震えてる指で髪を撫でつける。いつの間にか太陽は沈んでて、海は夜の色に染まってる。一年前にいつもおにーさんと見てた色だ。あの時はまさか、こんな気持ちでこの色を見ることになるなんて想像もしてなかったのに。あの時と同じ海の色のはずなのに、気持ちが違うだけでこんなに違って見えるなんて、なんだか不思議。  ぼんやりとその海を眺めてると、後ろでおにーさんの話し声が途切れた。電話が終わったみたいだ。 「絢斗、明日って暇?」  いきなり聞かれて、あわてて振り向く。 「え? うん、暇だけど……夏休みだし」 「そっか。今の叔父さんからでさ、明日と明後日は泊まりで舞台の公演に行くんだって。その間もしよかったら、うちにおいでよ」 「おにーさんち、行っていいの?」 「うん。泊まりで」  思ってもみなかった言葉に、すぐには返事ができなかった。 「え……あ、あの」  想像したとおり、おにーさんは困ったような顔であわててる。 「あ、もちろん、嫌なら言ってな。大丈夫だから」 「いっ、嫌じゃない! 行く、泊まる!」  あ、考える前に答えちゃった……ま、いっか。どうせ断るつもりなんてないし。おにーさんはほっとしたように笑った。 「そっか。じゃあ明日、駅で待ち合わせしようか。何時くらいがいいかな」 「えっと……」 「あ、ご両親にもちゃんと話してきてくれよ。心配されるといけないから」 「うん、大丈夫。学校で友達ができたって話してあるから、友達の家に泊まるって言うよ」  おにーさんに迷惑かけるわけにはいかない。この関係を守るために、オレももっとしっかりしてないと。そのためなら嘘のひとつやふたつ、平気な顔してつけなきゃダメだよな。 「そっか」  おにーさんの部屋に泊まるの、初めてだ。  前におにーさんに一年ぶりに会いに来た時は親に外泊するなんて言ってなかったから、あの後おにーさんに駅まで送ってもらって帰っちゃったけど、今度はホントに泊まれるんだ。一晩中、おにーさんと一緒にいられる。  それってやっぱり、あの時したのと同じことしたいって意味で誘ってくれたんだよね? 「……あの、おにーさん」 「ん?」 「おにーさんの部屋、泊まったら……する?」 「? 何を」 「……え、エッチなこと」 「あ、ああ……えっと、それだけが目的ってわけじゃ。あ、いや、じゃなくて」 「なに動揺してんの」  おにーさんはオレから目を逸らして、また自分の髪をいじってる。 「お前が変なこと聞くからだろ。ったく……別に、そんな身構えなくても大丈夫だよ。ただ部屋でだらだらしながら話したりテレビ見たり、そういうことも絢斗としたいって思ってるから、俺は」 「うわ、おうちデートってやつか」 「そうそう。そういうの、今までしたことないだろ?」 「そう言えばそうだね。お菓子とか持って行って夜更かしするんでしょ? あっ、なんか地味に楽しそう!」 「そうだな、なんかお菓子とか飲み物も一緒に買いに行こうか」 「うん、行く」 「楽しみだな。早く明日にならないかな」 「おにーさん、にやけすぎ」 「絢斗だって」  おにーさんの笑った顔が大好きだ。ずっと見ていたいし、他の誰にも見せたくないなって思っちゃう。  だって見てるとこんなに嬉しくて幸せで、身体の奥がふわふわする。おにーさんのこと見ててこんな気持ちになるのは、オレだけじゃないと嫌だな。  きっとオレじゃなくても、こんな笑顔を見せられたら誰だって好きになっちゃうと思う。だから誰にも見えないように、オレだけのものにしたいって思う。  ずっとおにーさんのこと好きだったけど、最近なんかやっぱりちょっと変だ。会う度にもっと好きな気持ちが膨らんで、前とは比べものにならないくらい大きくなってる。いつもおにーさんのことばっかり考えてる。  心も身体もおにーさんでいっぱいで、自分が自分じゃなくなってく。なんだか怖い。  でもさっきみたいにぎゅーってしてもらってると、少しほっとする。それでまた好きになっちゃって、その繰り返しだ。  幸せなはずなのに怖いなんて、やっぱりオレおかしいのかな。おにーさんと一緒にいると、どんどん欲張りになってくみたいだ。  怖いのに、もっともっと欲しい、なんて……オレ、やっぱり変なのかな。
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