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第32話・進撃のミヤさま
「いよいよ来週、プレオープンかぁ……」
と、立ち上がって腰を伸ばしながら、ミヤさまは、珍しく大きなタメ息をついた。
とっくに閉店業務も片付いて、他のスタッフは、みんな退社した後で。
オレだけ、新店の開店準備の打ち合わせで、ミヤさまとスタッフルームに残っていた。
なにしろ、オレにとっては、新店のオープニングスタッフとして晴れて念願の正社員デビューなんである。マジで責任重大。
とかゆっても、最初の半年くらいは、ミヤさまが一緒についてフォローしてくれるから大丈夫……
「……つーか、ミヤさま、元気なくね?」
「そう? ……そんなことないけど」
「ホントに?」
「うーん……。いや、ちょっとだけ……少し不安でね」
ミヤさまは、イタズラがバレた子供みたいにバツが悪そうな顔で肩をすくめた。
「今度のテナントのフロアは、ちょっとばかり趣向が違うしね。今までの店とは」
「ああ、まあ、確かに」
と、返事をしながら、オレもパイプ椅子から立ち上がって、両腕を高く上げて大きく伸びをする。
そのまま下ろした両手をつい無意識にエプロンのポケットに突っ込んで、ひとりでにタバコを引っ張り出そうとしかけて、止めた。悪ぃクセだよな。
「でも、オレは悪くないと思うよー、ミヤさまのアイデア」
その時々の旬の花なんかを使ってアレンジした、パッケージ商品だけを販売するってのが、新店舗にかけるミヤさまの構想だ。
一本ごとの単品売りはやらないから、販売スペースも、ダイタンに空間を生かしたスッキリしたレイアウトになる。
希少な品種の花にミヤさまのセンスをパッケージングして……フツーのアリキタリの花屋との『差別化』っつーヤツをウリにするのがコンセプトってワケだ。
ってのも、新しいテナントの入るモールのフロアは、高級雑貨だの宝石だのを扱うブランドの看板ばかり立ち並んでるんだ。
なので、そういったブランド目当てにフロアを訪れるお客さんの、えーっと、……『ニーズ』っつーの? そーゆーのに食い込めるような商品展開をしようっつーアレだな、うん。
オレは、すこぶるノンキに言ってやった。
「ゼッタイ成功するよ。ミヤさま、センスいいもん、シロート目から見ても」
「シロートじゃないでしょ、真司君はー! リッパなお花屋さんなんだから」
と、ミヤさまは軽く苦笑いして、オレの前に立った。
それから、オレの左の肩の上にオデコを乗っけて、ハァーッとまたタメ息をついた。
「ゴメンねぇ。こういうトコ、誰にも見られたくないんだけど……疲れてんのかなぁ?」
……意外だ。
ミヤさまは、いつだって綺麗な顔でフワフワと穏やかに笑ってて、……浮き世離れしてるっつーか。
持ち前のセンスとインスピレーションだけでノホホンと世の中を渡ってきたような、そーゆーノープロブレムで苦労知らずのお気楽な人種なんだと思ってたんだ、オレは。
「いいんじゃね? たまには。オレなんか相手で良けりゃ、いくらでも弱音吐いてよ」
ちょっとばかし気恥ずかしいので、オレは、天井を見上げて、そうつぶやいた。
したら、ミヤさまは、急にオレの胴を両腕でガッツリとホールドしやがった。……フロントスープレックスでもカマそうってか?
「ちょ……っ、ミヤさま……?」
不覚にもポケットに両手を突っ込んだままだったので、両腕ごと抱え込まれたオレは抵抗できずに、そのまま壁に背中を押し付けられてしまった。
ミヤさまは、ゆっくり頭を上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ……癒させて」
「いや、あの……っ」
どーでもいいけど、……か、顔が近いーっ!
「も、もうちょい離れて……」
「どうして? 僕は、こうしてるとスゴく落ち着くんだけど」
「オ、オレが落ち着かないから……っ!」
「ツレないなぁー、真司君は……」
マバタキのたびにハタハタ音がしそうな長いマツゲが寂しそうに少し下を向いてオレをじっと見つめてくると、いつもの柔らかい笑顔とは別人みたいで……
なんつーか、アンニュイっつーの?
ぶっちゃけ、……すげー、色っぽい。
ってゆーか、それ以上、近づかないでくれ、マジで……
クチがくっつきそうだから……うわー、うわー、うわー!
ガチでキスする5秒前みたいなことになってるし、ど、ど、どーするよ?
ううう……
あー、もー、何がなんだか……とりあえず、このフカカイな現実から目をそらしちまおう、うん!
……んで、オレは、……ギュギューッと目を閉じた。
↓
(※この行間の内容は読者諸姉のご想像にオマカセします)
↑
「参ったなぁ、どうしよう。……かえって、不安になってきた」
ミヤさまは、もう一度タメ息をついた。
オレは、おそるおそる目を開けた。
「ミ、ミヤさ……」
言いかけたが、ミヤさまの人さし指でクチビルをふさがれた。
「……テナントを出すフロアって、美人でヤリ手の店員さんばかり揃ってるみたいなんだよねぇ」
は……?
「悪いムシがつきそうで不安だなぁ。だって、真司君って、スゴーく押しに弱いんだもん」
「……っ」
「……でも、そういう危なっかしいところも魅力なんだけどね」
ミヤさまは、そうサラリと言ってのけて、ようやくオレから離れた。
「僕は、まだ事務室でちょっと作業をしてくけど。真司君は、もう上がっていいよ。遅くまでお疲れさま」
ナニゴトもなかったようにニコニコと……いつも通りのフワフワした綺麗な笑顔を浮かべながら。
「お、お疲れっしたぁー……」
オレは、キツネにつままれた気分で、ドアを出て行くミヤさまのスラリとした後ろ姿を見送った。
……ホント、なんなんだろーな、あのヒトって。
どこまでが本音で、どこまでがジョーダンなんだか、てんで分からねぇー。
ってゆーか……
「……腰が抜けた」
オレは、壁に背中をズルズルとケズりながら、その場にヘタリ込んだ。
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