第11話・戸惑いだらけの昼下がり

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第11話・戸惑いだらけの昼下がり

「どーしたの、タメ息ばっかついて?……配達先でイヤなことでもあった?」 「う、うわわ……っ!? ミ、ミヤさま……っ」 店のウラにシャガミ込んでボーッと一服してたら急に声をかけられたんで、オレは、吸いかけの煙草(セッタ)の煙をノドの奥にムセ返らせちまった。 ミヤさまは、苦笑いしながらオレの隣に腰をかがめた。 「ゴメンゴメン、驚かせちゃったね」 「い、いや……ヘーキ……」 さんざゲホゲホとセキ込んで、やっと落ち着いてから、オレは、短くなった煙草をケータイ灰皿の中にねじ込んでエプロンのポケットにしまった。 「……つーか、オレ、タメ息なんかついてた?」 「さっきから、ずーっと、つきっぱなし」 「ずーっと……って。マジかぁ……、ぜんぜん自覚なかった」 と、オレは、今度はハッキリ自覚しながらタメ息をついた。 とびきりキレイな顔でふわりと笑いながら、タメ息の元凶は言った。 「うん。いつだって、ずーっと見てるからね、真司君のことは。勝手に視線が追いかけちゃうんだから、仕方がないよね」 「う……っ」 ――天然(ピュア)って、……怖ぇーっ。 オレは、顔面から湯気がフキ出そうなのを隠して、じっとヒタスラに自分のスニーカーのツマ先の汚れを見下ろしてるしかなかった。 ミヤさまはオカマイなしで、ナチュラルにオシャベリを続ける。 「スタッフ駐車場にあった紺のビーエム、真司君が乗ってきたんだって?」 「あー、あれ? 今朝、雨がひどかったから。バイクじゃキツいだろうって、アニキが貸してくれて」 「ふーん。いいお兄さんだね」 「いや、……どーだろ?」 ベッドの上じゃ、発情期のケダモノ以下だし。 いや、ベッドの上だけじゃねーな……リビングとか風呂場とか屋根裏のロフトとか、地下の物置とかガレージとかとか……我が家一帯がサバイバラスなデンジャラス・ゾーンだ。ヘタすりゃトイレも安心して入ってられねーし。 改めて考えると、マジでヒサンな境遇だよな、オレって。 こないだ防犯会社の営業がウチに来てたけど、家よりも、オレのカラダにセキュリティシステムが必要なんだが、切実に。 ミヤさまは、オレの自虐的な心の声に気付かず ( 気付くワケない ) 、さらに聞いてきた。 「たしか、G大病院の先生なんだっけ?」 「うん。まだ研修医だけど。来年からは、オヤジと一緒にウチの病院やるんじゃん」 「真司君も将来は病院の手伝いをするの?」 「まっさかー。オレ、消毒薬の臭い大ッキライだし。アニキが継げば、なーんも問題ねーし」 「へぇー、頼りがいのあるお兄さんなんだね。なるほど、真司君がお兄さんのことを大好きなワケだ」 「はぁっ? だ、だ、大好きって……なんで……?」 ……オレ、アニキの話なんか、ほとんどしたことねーのにっ!? 「だって、こないだ酔っぱらって僕んちに泊まったとき、真司君ってば、お兄さんと間違えて僕に……」 ミヤさまは、ニコニコしながら言いかけて、オレの目を横からじーっとのぞきこんだ。 「……ホントーに、覚えてない?」 ――そーゆー思わせぶりなフェイント、やめてくんねーかなぁー。 「全然、覚えてねーし。……ってか、ほんとマジで、アニキと間違えてミヤさまに何したんよ、オレ?」 「やっぱり、聞きたい?」 「それは……っ」 どっちかっつーと……聞きたくない……かも……。 けど、あの空白の一夜に、オレとミヤさまの間にナニがあったのか、さすがにもう、ハッキリさせておかねーと。 どーにもモヤッとして、イタタマレねーっつーか…… 「き、聞きた……」 イヤな汗を流しながら答えかけた、そんとき、急に真後ろのドアが「ドンッ」と開いた。 「あ、ミヤさまぁー! こんなとこにいたんだぁ……」 「おわ……っっ!?」 オレは、ドアの端っコにケツを押し出されて、前のめりにコケかけた。 ドアのスキ間から顔を出したスタッフの女のコは、ビックリして叫んだ。 「きゃーっっ!? ヤダ、ゴメン真司君っ、……痛かったぁ?」 「ダ、ダイジョブ……」 「えー、ウソー? なんか涙目だけどぉー? カワイイー!」 「うっせーっ! 誰のせいだよっ?」 「だってぇ、真司君がドアの真ん前になんか座ってるからぁー……」 オンナのコは、ケラケラ笑ったまま、ミヤさまの方を向いた。 「……なんか、お客さん来てるよ、ミヤさま。タカサキ市のナントカって会社のヒト。応接室で待ってもらってるけど」 「あ、そうか。アポを忘れてた……」 ミヤさまは、あわてて立ち上がり、彼女の後に続いてドアの中に入りかけたけど、 「ねえ、真司君。ウチの店、今度、タカサキの駅前のモールにテナント出すことになりそうなんだけど……そっちにレギュラーで入ってくれる気ある?」 「へ? ……まあ、別にいいけどさー。でもオレ、花のアレンジとかしたことねーよ」 「そのあたりはフォローしていくから。それに、できたら正社員としてガンバってほしいんだよね」 「え、……マジで?」 「あとでユックリ話すけど。とりあえず、なんとなくでいいから考えといてくれる?」 ミヤさまは、大急ぎでそれだけ言うと、すぐにドアの向こうに消えた。
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