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第30話・タッチ・アンド・ゴー
お迎えに来たマスオさんに連れられて、おーすけが博多に帰っちまってから、3日後。
小百合さんが、花屋の店先に顔を出した。
「ゆうべ、わたしのアパートに、万寿夫さんから宅配便が届いたものだから」
と、オレに、包装紙でくるまれた四角い箱を手渡す。
「ご家族で召しあがってね」
「えー! こんな気ぃ使わなくていいのにぃー」
と言いつつ、『要冷蔵』のラベルを見るとヒトリデにヨダレがアフレる。
美味いんだよなぁー、本場の明太子って。
明太子あれば、他にオカズいらねーもん。向かうところ敵なしってカンジよ。
明太子&ゴハンって、全日時代のブロディ&ハンセンばりの最強タッグだよな、うん。
「なんか、悪いなぁー。ホントにもらっちゃっていいのぉー?」
一応オトナの社交辞令だから、そうゆっとくけど、もちろん返すつもりはミジンもない。
早いとこマジックでデッカく名前を書いて、休憩室の冷蔵庫にしまっとかなきゃ。
「当り前じゃない。真司君には、すっかりお世話になっちゃったもの。ホントは、ちゃんとお宅にお礼に伺わなきゃならないんだけど……」
「いいって、いいって! オレも、おーすけが来てスゲー楽しかったし。また、いつでも連れてきてよ。アニキもオフクロも大喜びで大歓迎するから。ホント、マジで!」
明太子も、いつでもウェルカム。
「ありがとう、真司君」
小百合さんは、品のいいキレイな顔でニッコリ優しく笑ってから、パッと表情を一転させてミヤさまを振り返った。
「そーいえば、……アンタにも、これ届いてたわよ」
胸元に放り投げられた紙の手提げ袋をアワテて両手で受け止めて、ミヤさまは、不思議そうにキョトンとした。
「マスオ君から、僕に? なんだろうなぁー」
言いながら、『ANA(全日空)』の文字がプリントされた袋の口のテープをはがして開けると、中にあった箱を取り出す。
「万寿夫さんったら、薫なんかに気を使うことないのに。ホンットお人好しなんだから、まったく!」
ブツブツとグチりながらも、小百合さんのヒヤヤカなマナザシは、ガッツリとミヤさまの手元にロックオンされてる。
現ダンナから元ダンナへのミヤゲ物が何なのか、ヨメとしては、おおいに気になるところだろう。
他人のオレだって気になるもん、そんなん。
「おっ! これは、嬉しいなぁー」
ミヤさまは、ニコニコと笑いながら、箱から出した中身を片手にかかげて、オレらに見せびらかした。
それは、ジャンボジェット機の形をした模型で。それも、スターウォーズのキャラクターをモチーフにした金色の特別仕様ジェットのミニチュアだった。
前にスタッフルームのテレビで、そのジェットが飛んでる映像をたまたま見かけた時、ミヤさまが「僕も乗りたい」とシキリに言ってたのを覚えてる。
……なーんだ。もっとヤバいモンが出てくると思ったのに。出刃包丁とか、ワラ人形とか、稲川淳二のDVDとか……
とんだカタスカシをくらっちまったぜ。
期待はずれなプレゼントの中身に脱力させられちまったオレは、サッサとその場を退散することにした。
「んじゃー、オレ、そろそろ午後の配達にいってきまーす!」
「ご苦労さま。気をつけて行っといで」
と、ミヤさまは、すこぶるキゲン良く笑った。
小百合さんは、あからさまにウサンクサそうな目でミヤさまをニラミつけた。
「なんなの、薫。その飛行機のオモチャは、どういう意味?」
「さあ、深い意味はないでしょ」
「ウソよ! 意味もないのに、大のオトナが飛行機のオモチャなんか送って寄こすと思う?」
「いいじゃない、別に。意外とお茶目なんだなぁ、マスオ君って。カワイイねぇー」
ミヤさまは、ノンキにアハハと笑った。
とたんに、小百合さんは、ミヤさまのシャツのエリ首をつかんでシボリ上げた。
「薫っ! アンタ、まさか今度は、わたしの新しいダンナにまで手を出そうって気じゃないでしょうね?」
「お、お、落ち着いて、小百合さん! ここ店の中だから……っ」
「しぇからしかーっ! ウチの幸せば、どこまで邪魔すれば気のすむっちゃ、こんボンクラのスケコマシっ! 耳から手ぇば突っ込んで、奥歯ガッタガタ言わせちゃるけんねっっ!」
おおーっ、博多弁のタンカって、スガスガしくてキモチいいね。かっけーぜ、小百合さん。
「拍手なんかしてないで、助けてよ、真司君ーっ!!」
オレは、まるっきり聞こえないテイで大急ぎでスタッフルームに向かい、明太子を冷蔵庫の奥に大切にしまってから、すぐバンに乗ってアクセルをフカシたんである。
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