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第31話・ストロベリームーンはお見通し
風呂からあがって自分の部屋に戻り、タバコをくわえた。
ライターの火をつけながら、なんとなくカーテンを開けて窓の外をのぞいたら、まん丸いピンクの月が浮かんでた。
素足にスリッパを引っかけてベランダに出る。
じきに夏だっつーのに、にわか雨が通りすぎた夜は少し冷える。
湯上がりでカッカと熱くなってるカラダには、ちょうどいいカンジだったけど、
「髪も乾かさねぇで……カゼひくぞ、バカ」
と、オレ同様パジャマ代わりのTシャツ&ジャージパンツに、さらにカーディガンを上からはおってたアニキは、横目でオレをニラんだ。
オレとアニキの部屋はトナリ合わせで、ベランダはヒトツナギにくっついてる。
ガキん頃から、アニキは、たまに夜遅くにベランダに出てポケーッと空を眺めてたりするヘキがある。
勉強のイキヌキかなんか知らねーけど。
「バカはカゼひかねーんだろ」
オレは、そう言い返して舌打ちした。
アニキの隣に立って、アニキと同じようにベランダのテスリに両手をつきながら、前かがみに胸をもたれる。
「ホントに……今夜は月がキレイだなぁ」
ここちよく湿った夜の空気に白いケムリをプァーッとイキオイよく吐き出しながら、ナニゲにつぶやいてみた。
したら、アニキは、ケゲンな顔つきでオレを見た。
「それ、……オレを誘ってるのか?」
オレは、おもっきしケムリにムセた。
「な、なんでっ!? ぜんっぜん意味わかんねーし!」
「夏目漱石を気取ったつもりなのかと」
「ソーセキぃー? ナニよ、それぇ」
「いや、なんでもない。オマエに、そんな文学的な情趣を一瞬でも期待したオレがマヌケだった」
アニキは、クツクツと鼻で笑った。
……よく分からんが、すこぶるバカにされたような気はする。
「6月の満月はストロベリームーンって言うらしいぜ」
アニキは、また空を見上げて、ヒトリゴトみたいに言った。
ツヤツヤの黒い髪をカキ上げたのが、ちょっと照れ隠しみたいに見えて……
ガラにもねぇシグサだな……と思った瞬間から、その横顔から目が離せなくなった。
「ストロベリームーン? ゆうほどには赤くもねーけど」
さして興味もねぇけど、なかばウワノソラで聞いてみる。
「アメリカの先住民がイチゴの収穫時期を把握するために名付けてたんだとさ。それが最近じゃ、特別な願い事が叶うとかナントカ」
「もしかしてアニキも、願い事してたとか、今?」
そうオレがからかうと、
「そんなとこかもな」
と、アニキはヘーゼンと答えて、オレの顔に手を伸ばすと……オレの口から、タバコを奪った。
格好のいいクチビルのハシにくわえると、ユラユラと立ち昇るケムリに片目を少しスガめて。
あきもせずに、また月を見上げる。
なんか……なんだろう、このカンジ……
なんなんだろーな……なんで、こんなにドキドキしちまうんだろう。
オレの吸いかけのタバコを、アニキが吸ってる。
そんなの別に、昔から良くあることなのに……
『間接キス』なんて……ガキくさいワードが、何のミャクラクもなくトートツにアタマにひらめいた。
なんで今さら。なんならケツの穴までナメられまくっといて、『間接キス』って。意識するか、フツー?
どーしちゃったんよ、オレ? くだらねぇ。バカみてぇ。イカレてる。
アニキのせいだ。ガラにもなく「月に願いごと」だなんて、オトメなセリフ吐きやがるから。
だから、オレまでヘンになっちまうんだ。
だいたい、この『唯我独尊』がポリシーのゴーマンアニキが、お月サマに向かってお祈りって……
ありえなくね?
テメェのアニキながら、かなりのイケメンだしアタマのデキもいいし、何不自由なく将来は有望。
なのに、まだ願い事がしてぇってか? 信じらんねー、この強欲アニキめ……
「なんだよ、さっきから、人の顔をジロジロ見て」
アニキは、ベランダのスミッコに置いてあるオレ用の灰皿に、短くなったタバコをもみ消してから、オレの髪をクシャッとカキ回した。
「今日のオマエは、ヘンだぜ、少し」
ハニカンだみたいに、キレの長い目尻を下げて笑う。
いや、ヘンなのはソッチだろ。こんな表情、めったにお目にかかれるもんじゃない。
だから、もっとマジマジとアニキの顔を見つめずにはいられなくて……
「オレも、してみるかなー……月に願い事」
「ああ。叶えたい望みがあるなら、まずは、その望みをアタマの中でクッキリ明確に具体化することが有効だ」
「自己暗示みたいなもんかー?」
「まあな。『祈り』の本質ってのは、そういうもんじゃねぇかと……オレが勝手に思ってるだけだけどな」
「なんだよ、それー。インチキくせーなぁ。……やっぱ、アニキの方が、よっぽどヘンじゃん?」
ホント、ガラにもねーことばっかサエズりやがって、今夜のアニキは。
「なあ、アニキー……」
「ん?」
「アニキは、どんな願い事をしたんだよ?」
オレは、さりげに聞いた。
そしたら、アニキは、また、ガラにもねぇ照れ笑いを浮かべながら、
「そういうのはナイショにしねぇと、御利益がねぇんだろ?」って、ささやくと、オレのホッペタに軽くクチビルを触れて、
「カラダが冷えないうちに、さっさと中に戻れよ」
なんて、早口で付け加えてから、自分の部屋に入って行った。
ひとりでベランダに取り残されたオレは、ほんのりピンク色の乙女チックな満月に向かって、
―――なあー、アニキは何を願ったんだよ?
と、わりとガチに心の中で聞いてみてから、とりあえずオレ自身の今の願いをすぐに叶えるために、ベランダの戸を開けて部屋に入って……アニキのベッドにもぐりこんだ。
・ストロベリームーン(ウィキペディアより)
「恋を叶えてくれる月」の異名があり、
好きな人と一緒に見ると結ばれる、
恋愛運が上がるという俗信がある。
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