第33話・麗しのギャンブラー

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第33話・麗しのギャンブラー

「ススキノ君、アタシよりサービングうまいし。研修の必要なんかないんじゃん? 姿勢もいいし堂々としてるから、どんなシグサも()えるよねぇ。やっぱ、タッパあると得だなぁ」 バンケットの実技トレーナー役を買って出てくれたスタッフの女のコは、唇をとがらせて、ちょっとマブシそうな目つきでススキノ君を見上げた。 ススキノ君は、左手に乗せていた3枚の大皿をスマートにテーブルに並べながら、清潔感のある短髪に映えるスッキリした顔に、ニコニコと笑顔を浮かべて、 「でも、女性は小柄な方が可愛くていいじゃないですか」 「やぁだー! ススキノ君って、けっこうタラシー?」 女のコは、やたらとハシャぎながら、制服のシャツとベストを着たススキノ君の背中をベシベシたたいた。 ズリぃよなー。同じセリフをオレが言ったら、セクハラ判定されそうだもん。 まあ、そもそも、そんな気のきいたセリフは、オレには思い浮かばんけど。 「久々に、使えそうなのが入ってくれたなぁー」 オレと一緒に研修室のスミッコで様子を眺めていたバンケット部のサブマネージャーは、ホクホク顔で言って、 「なんだよ、今井ちゃーん。採用は見合わせた方がいいとかって、ウチのマネージャーに打診してたんだって? 彼のどこに問題があんだよー?」 バンケットのサブマネは、6月ともなると朝から晩まで披露宴会場を走り回りっぱなしになるので、ススキノ君のバイト面接もオレが代わりに引き受けたんだけど。 オレは、メガネのフチをいじくりまわしながら気まずさをごまかして、アイマイにニゴシた。 「まあ、その件は。マネージャーが、自分のハラ一つにおさめさせろって言ってたんで」 「ふーん? もしかして、履歴書にあった『オカマバー』ってのが気になっちゃった? ウチの職場でオミズあがりなんて珍しくないのに。それとも、オカマに偏見あんのぉ?」 「そんなんじゃないっすよ」 「まあ、オカマったって、ススキノ君の場合は、叔父さんが店やってるから手伝ってただけっしょ?」 「はあ、まあ……」 うーん。……面接中に、トートツにススキノ君がオネェ言葉に豹変したコトや、おもっきし背中に昇り竜のラクガキがあるコトは、このヒトには言わない方がいいよなぁ。 しばしオレが答えに迷っていると、 「あー、いたいた、今井さーん!」 婚礼部のスタッフが、研修室に駆け込んできた。 「婚礼マネージャーからの指示で、今すぐキリュウ店にヘルプに入ってだってー!」 「キリュウー? ……他から、人をまわせねーの?」 「オオタもタカサキも、新人ばっかで、いっぱいいっぱいだそうですよ」 と、ここで、バンケットのサブマネがヘラヘラと口をハサんで、 「あ、キリュウ店に行くんなら、ついでに競艇(きょうてい)の前売り買ってきてよ、今井ちゃん。今、GⅠやってんのよー」 「はぁー? 婚礼のヘルプの帰りに場外売り場に寄って、間に合うのかな」 「ヘーキよぅ、ナイターだから。12レースのだけでいいんだから。1-2の流しで3連単、1,000円づつ頼むわ。金あとで払うから、タテカエといて」 「えー? 競艇場に行くんじゃ、社用車は使えないじゃないっすか。オレの車ガソリン入れてかなきゃ……」 ブツブツ文句を言いながらも、オレは、ポケットから手帳を出してメモした。 「ええっと……1-2流しで3連単……」 まだまだ日本は、年功序列の社会なんである。 「そんならオレの分も頼みますよぉー、今井さん!」 と、マネージャーの伝言を伝えにきた婚礼部のスタッフも、ジャケットの胸ポケットからイソイソとスマホを取り出して、出走表をググる。 「じゃあ、オレ、……1、2、3、4のボックス3連複、500円づつ」 「若いのに、ショッパい買い方するねぇ」 オレは言いながら、メモを書き足した。 「あー、みんなしてコソコソと、ズルいですよぉー! だったら、アタシの分もお願いします」 研修トレーナーの女のコが、あわててスッ飛んできた。 オレは、苦笑いした。 「んで、オーダーは?」 「えーと……1-3-4の3連単で、1,000円。今月のラッキーナンバーなんですー」 と、迷いもせずに言いのけてから、 「ススキノ君も、のる?」 「じゃあ、せっかくなんで。ついでに」 「もちろん! いくらでもタテカエといてくれるってよ、今井ちゃんが」 バンケットのサブマネが、ニヤニヤとオレの肩をたたく。 オレは、タメ息をついた。 「カンベンしてくださいよぉー」 ススキノ君は、婚礼部のスタッフが差し出したスマホの画面をチラッとのぞくと、すぐに爽やかに微笑んだ。 「シノザキ、ヒラモト、ハマノヤの3連単で3,000円。お願いします」 「へぇー、意外と穴を狙うんだ。勝負師だねぇー!」 婚礼スタッフが、ムムムッと腕を組んでウナると、 「顔の好みの順番で選んだだけです」 と、ススキノ君はケロッとして答えた。 「またまたぁー! けっこう面白いね、ススキノ君ってー」 女のコが吹き出したとたん、他の2人も一気に打ちとけて、声をあげて笑い出した。 「披露宴の予約が落ち着いてきたら、歓迎会をやらなきゃなー。なんせ、ススキノ君は、ウチの期待のホープだからねぇ」 「いいなぁー。婚礼部にもススキノ君くらい頼りになる新人が入らないですかねぇ、今井さん?」 「そ、そうだね」 と、オレは、いささか頬肉を引きつらせながらソソクサと研修室を抜け出た。 「……ちょ、ちょ、ちょっと、今井ちゃーんっっ!!」 ラストの披露宴がオヒラキになったのを見届けたあと、自分のデスクに戻って日報を打ちこんでいたら、 「きた、きた、きちゃったよーっ! マンシューきたよーっ!」 と、バンケットのサブマネが、豊満な腹部を揺らしながらドスドスと事務所に駆け込んできた。 オレは、下向きにズレたメガネのフレームを指先で持ち上げながら、顔を上げて、 「マンシューって……ああ、万舟(まんしゅう)? 当たったんすかー? オゴってくださいよ」 「違う違う、オレじゃなくって、ススキノ君の予想が当たったんだよー! シノザキ、ヒラモト、ハマノヤの3連単で22,000円だってよ!」 「22,000円ってことは……ええーっ!? 3,000円が、66万円ーっ?」 「いいよなぁー。歓迎会やるときは、ススキノ君のオゴリで決まりだな!」 「いやいや、いくらなんでも、本人の歓迎会でオゴラセるワケにはいかんでしょう。……ここは、ひとつ、オレがヒトハダ脱ぎますよ」 ここでオレは、胸ポケットにひそませておいた舟券を取り出した。 バンケットのサブマネは、券に印刷された数字を食い入るように見つめてから、バカデカい声で叫んだ。 「あーっ!? 今井ちゃんも、ススキノ君と同じの買ったの!?」 「まあ、運だめしに、誰かのシリウマに乗せてもらおうと思って、1,000円分。ススキノ君が一番ギャンブル運が強そうだったんで」 「なんだよーっ! だったら、オレの分も余計に買っといてくれたら良かったのにぃーっ」 「ムチャ言わないで下さいよー」 「クッソー! とにかく、歓迎会はオマエのオゴリだからなぁ。森伊蔵ボトルキープすっぞ、森伊蔵!」 「いいっすよー、もちろん」 オレは、こみあげるヨロコビをおさえきれずに、カラカラと笑ってうなずいてやった。
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