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第34話・家政腐は見た リターンズ
しんちゃんの紹介でバンケット係の新しいバイトが面接にきたので、オレが対応することになった。
腕時計をチラ見すると、18時6分前。30分から今日のラストの披露宴がスタートの予定だから、チャチャッと話をすませないと。
「どうも、本店の婚礼部サブ・マネージャーの今井洋太です。よろしくお願いします」
「三夜沢萌子です。よろしくお願いします!」
オレの脳内コンピュータが、高速で対象データを解析する。
ラフなカットソーに綿パン姿だけど、じゅうぶん常識の範囲内。ハキハキした受け答えも好感触。茶髪のセミロングもメイクも、ナチュラルで清潔感あるし。
身長は155センチくらいかな、ややポッチャリ傾向。制服は11号でいけるか……なんてことをひとりでに考えちゃうのは、職業病だからカンベンしてくれ。断じてセクハラではない。
ゆうてオレ、女のコはポッチャリくらいのがスキよ。なおかつロリ顔で巨乳なら最高なんだが……って、これはまぎれもなくセクハラだな。自重せねば……。
とにもかくにも、縁故による求人応募は顔パスみたいなもんなんで、オレは、受け取った履歴書もたいして見ずに、てっとりばやく質問を続けた。
「ええっと。土日のみの出勤をご希望なんでしたよね?」
「はい、一応。ですけど、イレギュラーで平日も、夜なら入れます」
「それは助かるなぁ、繁忙期は人手がいくらあっても足りなくてね。……ちなみにですけど、飲食のお仕事って今まで経験ありますか?」
「ファミレスのホールなら、2年くらいフルタイムで働いたことあります」
と、モエコさんは、モハン的なアピールをくれたあと、おもいっきりソファから身を乗り出して、両目をキラキラさせながら、
「今井さんって、真司くんの高校時代の同級生なんですよねぇー?」
「は? まあ、そうですけど……」
「真司くんが言ってましたよー、『ヨータはオレの一番の親友で、めちゃめちゃイイヤツだから、安心して頼っていい』って!」
「しんちゃんが、そんなことを? な、なんだか照れちゃうなー。ハハハ……」
なんだなんだ、すごくいいコだな、モエちゃんって。……まあ、「いいコ」っつっても、オレより10才近く年上だけど。
「じゃあ、さっそく来週の土曜からシフト組まさせてもらいますけど。困ったことがあったら、なんでも遠慮なく相談してください」
「はーい。お世話になりますぅ」
……ってな具合にトントン拍子で話がついたとき、応接室のドアがいきなりバタンと開いて、
「助けてくださいよ、サブマネー! 『浅間の間』の披露宴、まだオヒラキになんないですぅー」
と、婚礼の付き添い係の女のコが飛び込んできて、泣きだしそうな顔で叫んだ。
オレと女のコが大急ぎで向かうと、もうとっくに次の披露宴の準備がすんでいるはずの会場には、直前の婚礼の新郎新婦と、泥酔した友人客10人ほどが、いまだにヒナ壇を囲んでグダをまいていた。
その間にもバンケットのスタッフたちがソソクサとホールを片付けてくれているので、宴席のセッティングは間に合いそうだけど。
オレは、ひとまず近くにいた婚礼部の別のスタッフをつかまえて、
「次の披露宴のお客さんだけど。写真室にお願いして、集合写真の撮影をできるかぎり引き延ばしてよ。なんならサービスで、両家の家族写真もつけてもらって……請求はオレんとこでいいから、ね?」
と、こっそり指示してから、おそるおそる新郎に声をかけた。
「お客さま! 誠に恐れ入りますが、お時間のほうが……」
「はぁー? だーかーらー、延長するって言ってんじゃんよぉー!」
なぜかまだ白いタキシードを着たままの新郎は、ハレの日だというのにケンノンな目つきでのたまった。
まだ成人式も迎えてなさそうな子供じみた顔つきだ。
付き添い係の女のコは、胸の前に両手を合わせて、
「そうおっしゃられましても、あとの披露宴の御準備がございまして。他の会場もすべて、ご宴会の予約で埋まっておりますもので……」
「文句ならコイツに言ってよぉ。コイツが二次会の予約ちゃんとしてくれないからぁー」
と、こちらも、ボリュームたっぷりのハデなムラサキの色ドレスを着たままの新婦が、ドレスと同じ色のクチビルをゆがませて、友人の1人をニラんだ。
……このダンナにして、このヨメあり、だ。
ニラまれた男のほうは、ただでさえ酒に酔って真っ赤な顔をさらに色濃くユデあがらせるや、
「うるせぇー、ビッチ! さっさと別れちまえ」
「はぁー? なに逆ギレしてんのよ!」
「逆ギレじゃねぇ! オマエなぁー、ヴィトンの財布だの、バッグだの、今までさんざんオレに貢がせたクセに……」
出た、ヤブレカブレの大暴露! これはヤバい。このままじゃ間違いなくシュラバに突入する……
「とにかく! 新郎新婦さまのお召しかえも、していただきませんとですしぃ……」
と、すかさずオレが、男のカミングアウトをさえぎろうとした瞬間、
「うるせぇっ!」
男は怒鳴って、ヒナ壇のテーブルにあったビール瓶を放り投げてきた。
「おわ……っ!?」
走馬灯をブンまわす間もなく、オレは、ただギュッと目を閉じた。
これでメガネを買い替えるハメになったら、会社に領収書まわしても許されるよな、さすがに……
「………?」
ザワついていた周囲が、シーンと静まり返った。けど、覚悟していた顔面への衝撃は訪れない。
おかしいなと思いつつ目を開けたら、目の前にビール瓶が浮いていた。
「は……?」
まさか、オレってば、絶体絶命のピンチに出くわして、チートな超能力に覚醒してしまった……?
……などと、アホな考えが脳裏をよぎったのは一瞬。
オレの顔面直撃1秒前(推定)にガッツリとビール瓶の首んとこを片手でキャッチしてくれていたススキノ君は、ミントの香りがただよいそうなサワヤカな笑顔で、
「二次会の予約でお困りとのことでしたので、駅近のカラオケパブの2階を貸し切りでおさえときましたが。いかがです?」
と、ヒナ壇に向かって声をかけた。
真っ白い歯並びは、まさにヒーローのそれ。酒のイキオイを借りたニワカの敵キャラどもが、タチウチできるわけない。
「んじゃー、二次会いくべー!」
と、さすがにバツの悪そうな顔をした新郎の号令で、みんなしてゾロゾロと、ようやく会場を出て行ってくれた。
オレは、ホッと全身が脱力して、近くにあった椅子にストンと腰をおとした。
そしたら、ススキノ君は、オレの目の前の床にスッと片膝をついて、
「大丈夫ですか、今井さん?」
って、まるで中世の騎士だよ。マブシすぎるぜ、その涼しげな奥二重の瞳。
オレは、おもわずススキノ君の肩に両手をまわして抱きついた。
「ありがとうー、ススキノくーん! おかげで助かったよー!」
その瞬間、「パシャッ!」っと。まぎれもなく、ケータイのカメラのシャッター音が聞こえた。
ハッとして横を向いたら、いつの間かモエコさんがそこに立っていて。
こっちにケータイを向けたまま、やたらと浮かれた声で言った。
「あ、ご心配なく。ネットにあげたりとか、絶対にしませんから! プライベートの資料で使わせてもらうだけなんでぇー」
「プ、プライベートの資料……?」
オレとススキノ君は、キョトンと顔を見合わせた。
……シャッター音が、また響いた。
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