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第35話・今宵はフルコース
タカサキ市にあるウチの系列の結婚式場にヘルプで出向したあと、そのまま直帰していいと上役に許可をもらった。
なので、オープンしたばかりの駅近のショッピングモールに寄ることにした。
平日で、しかももうすぐ閉店時間なのに、併設されてるパーキングは地下から5階までけっこういっぱいだった。
こんな不景気に新規のモールのテナント出すなんて、ミヤさまも大バクチ打つもんだなぁーと、ちょっと呆れてたんだけど。やっぱ商才あんだな、あのヒト。
「おっ、洋太ー! 久しいじゃんかよぉ、テメェー」
四駆を停めてパーキングを出てから、3階に向かうエスカレーターを下りる途中、しんちゃんが目ざとくオレを見つけて、だいぶ離れたところにある売り場からスッ飛んできた。
あーあー、……ガキみたいにピョンピョン跳ねて。
周りのお客さんやら他の売り場の店員さんやらに失笑されてっぞ、しんちゃん!
コッパズカしいヤツだな、相変わらず……いや、ホントはめっちゃ嬉しい。
つーか、しんちゃん、どんなに鼻息を荒くしたって、エスカレーターのベルトは引っぱれねーぞー。
いかん、どんどん頬肉がゆるんでくる……
くそっ、やっぱ、めちゃめちゃアホ可愛い。確実にハートのド真ん中ついてくるもんなぁ。
この、奇跡のスナイパーめっ!
オリンピックの射撃は、オマエに任せたぞーっ!!
「あんだよぉー、やっと顔出したのかよ!」
エスカレーターのステップがフロアに到着するより早く、しんちゃんは、オレの手をつかむ。
オレは、危うく前にツンのめりそうになりかけて、あわててステップを2段ほど飛び越える。
しんちゃんは、おかまいなしに満面の笑顔で、オレの背中に手をまわしざま、ベシベシと肩を叩いた。
「いつ来るかと待ってたぞ、洋太ー! ずいぶんツレなかったんじゃねーのぉ?」
「しゃーないっしょ、婚礼シーズンなんだからさー」
と、オレは苦笑いしてみせて、
「……で、調子どーよ? 正社員!」
「おー、上々よぉ」
しんちゃんは、テライもせずにキレイな歯並びを見せつけて、ニパッと笑った。
真っ白い歯がキラキラ光ってマブシすぎる笑顔だぜ、しんちゃん。……つーか、ここ、フロアライトがずいぶんオサレなのなー。
並んでるテナントも、セレブ嗜好のハイブランドばっかだし。
良く見りゃ、客も店員も見るからにお上品そうな連中ばっかじゃん。
ゆーても、しんちゃんって、もともと育ちだけはいいせいか、こんなコジャレた雰囲気の中でも気オクレもなさそうだし。
なんならフツーに溶け込んじゃってみえるから、サスガっちゃあサスガだ。
オレなんて、すでに、だいぶ居心地悪ぃもん。
制服のままで来て正解だったな。私服のダボパンに着替えてきてたら、ちょっと浮いてたかも。
「なぁなぁー、ついにオレのアレンジも置かせてもらえるようになったんだぜー! 見てくれよ、洋太ー」
しんちゃんは、オレの前をスタスタ歩いて、花屋の売り場に案内した。
へぇー……本店のエプロンと違って、このテナントのユニフォームは、白いシャツと黒ズボンに、カマーベストつきの黒のソムリエ・エプロンなんだな。
足が長くて細身の逆三角っていうイヤミなくらいのモデル体型だから、こーゆーシュッとしたカッコも、ホレボレするくらい映えるんだよなぁ、しんちゃん。
後ろ姿も、かなりヤバい……
カマーベストって背中が開いてるから、しなやかな肩甲骨のラインがシャツを通して透けて見えたりして、なんともセクスィー……
腰はキュッとしまってキャシャなくらいなのに、お尻はプリッとカッコよく上がってて、なんつーか、こう、バックからガバッと襲いかかりたくなるような……
……オッケー。……今夜のオカズ、1品目。決定。
花屋のテナントは、なんにもない余白のスペースが広くて、すこぶるゼータクなレイアウトだった。
品数も、思ってた以上に厳選されてて、少なめ。
店頭にあるのはアレンジ済みのパッケージ商品だけだ。単品売りの花の桶なんかは見当たらない。
価格が3段階くらいに分かれてて、店の一番奥のショーケースの中に、ひときわデカくて目を引くゴージャスなアレンジフラワーが置いてある。
プリザーブド・フラワーってヤツかな? 花びらにラメなんかも付いてるし。
間接照明も凝ってんなぁ。花屋というより、まるっきり高級アクセサリーの店みたいなカンジだ。
ミヤさまのセンスの真骨頂ここにありってトコだな、うん。
ウチの式場でも、婚礼の打ち合わせでブーケのサンプル写真を見せると、ミヤさまのアレンジを要望してくる新婦がダントツに多いもんな。
色づかいはシックに抑えつつ、いろんな種類の花をダイタンに組み合わるバランスとゆーか配合とゆーかが、独創的とゆーか斬新とゆーか。
なので、ミヤさまの作ったブーケは、他の花屋さんのと比べると、レベチでアカ抜けててシャレオツなんよ。オレみたいなセンスゼロが見ても分かるくらいに。
「キョロキョロしてねーで、オレの傑作を見ろよぉー、洋太ー!」
と、しんちゃんは、オレのヒジを引っぱった。
店の一角に、青のモノトーンでアレンジされた生花籠ばかりを並べてるスペースがあった。
「ここのコーナーのアレンジ、ほとんどオレの作品だかんなー! ……まあ、ちょっとはミヤさまに手伝ってもらったけど」
と、しんちゃんは、得意げに腰に手を当ててフフンと鼻を鳴らした。
うーん、その子供っぽい表情も、すてがたい愛くるしさ……
おめでとう、2品目のオカズに決定だ。
「へぇー、マジでスゲーよ。たいしたもんだよ、しんちゃん!」
と、オレは、心から絶賛した。
実際、淡い暖色系の照明の店内で、そこだけ白っぽいクールなライトを注がれてる青い花のコーナーは、ハッと目を奪われる魅力があった。
ぶっちゃけ、シロート目で見ても、同系色のアレンジならブナンだろうし。
自分のアレンジを商品として認めてもらえれば、しんちゃんもモチベーション上がるだろうし……。
なるほどな。ミヤさまってさ、スタッフの育成スキルもサエてんだね。
オレも、婚礼部のサブマネをまかされてから1年くらいになるけど、ミヤさまのスキルを見習って、バイトの定着率をもっと上げてく対策をしないと……ヨユーでドタキャンすっからな、最近のコは。
ってなことをアタマのスミッコで考えながら、オレは言った。
「この青と水色の花、すげぇキレイじゃんか、しんちゃん」
「おー、これな? これって、白いガーベラに色素を吸わせて色つけてんのよー。ミヤさまのテクなんだけど。バラなんかでも応用できんだぜー」
「へぇー。……ってか、しんちゃんの口から『ガーベラ』とか」
「あーん? 文句あっか、テメ!」
しんちゃんは、照れ隠しみたいに怒ってみせたけど、すぐに別の方を指さして、
「これなんか、どーよ? 名付けて『サムライ・ブルー』だぜ!」
と、ひときわデカい陶器に盛ったアレンジを指さした。
うーん……ウツワは和風だけど、あんまし『サムライ』って雰囲気はしないな。でも、ゴージャスで目を引く。
「意外とセンスあんだねぇ、しんちゃん」
「意外ってナニよ、失礼ねー!」
しんちゃんは、ぷっくらツヤツヤしたピンク色の唇をとがらせて、めいっぱいスネて見せた。
むむっ、なんたる挑発的な口元……またオカズが増えてしまった。
オレの精力を根こそぎシボリ取る気かよっ!
「けどさ、しんちゃん。サムライ・ブルーって、ちょっと気が早すぎね? サッカーのワールドカップって何年後だっけよ」
「だってよぉ、青っつったら『サムライ・ブルー』っしょ。それに、直前で騒いだらニワカっていわれるじゃん」
「は? 意味わかんねーぞ」
しんちゃんは、オレのツッコミをガン無視しながら、
「ワールドカップんときにはさー、ミヤさまに教わって、サッカーボールのカッコのブーケつくるかんな」
と、オレの耳元に口を寄せて、大切なヒミツを打ち明けるみたいにコソッとささやいた。
それから、目尻の切れ上がったデッカいネコ目を細めて、両手を口に当てながらクフクフと笑った。
ああ、可愛い。……可愛いぞっ、しんちゃん!
「じゃ、オレ、そろそろ行かないと……」
そう言ってオレは、オザナリに手をふった。
「ちょっと、今夜は……ゴチソウが待ってるんで」
これ以上オカズが増えたら、オレ、足腰たたなくなっちゃうもん、明日……。
しんちゃんは、長いマツゲをションボリ下に向けながら、
「なんだよ、もう行っちゃうのかよぉー!」
って、オレのシャツのソデをツンツンと引っぱって……。
まあ、デザートは別腹だからな。
遠慮なく、これも瞳に焼き付けておこう。ごちそうさま。
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