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第41話・修羅場・ラ・バンバ(後編)
敦司さんは、無機質なくらいに整った微笑みで、新しい黒霧島のボトルを薫のグラスにそそいだ。
「ロックで、いいんですか?」
「うん、ありがとう。じゃあ、カンパイ!」
と、薫も、男女をかまわず毒牙にかけてきた十八番のキラー・スマイルで、アーモンド型の大きな目に浮かぶ蜜色の瞳を、長いマツゲのカゲにふわりと霞ませながら、敦司さんと、互いのグラスのフチを合わせた。
っていうか、……わたし、いつの間にか、カヤの外じゃない?
実際、薫は、わたしの方は見向きもせずに、なれなれしく敦司さんの肩に手をおいた。
「嬉しいなぁー、お兄さんと、こうして呑めるなんて!」
「アンタにお兄さんと呼ばれるスジアイは、ないんですが」
微笑んだまま答えながら、敦司さんは、薫のグラスにドボドボと雑にお酒をつぎたした。
薫は、妙に意味深な含み笑いで、
「じゃあ、敦司くんって呼ばせてもらおうかな」
「どうぞ、お好きに」
「真司くんは、本当に良くガンバってくれてるよ。なんでも素直に聞いてくれるから、手取り足取り、いろいろと教えがいがあるんだ、僕も」
わたしは、すかさず口をはさんだ。
「薫! アンタ、ややこしい言い方やめなさいよ」
「え? ああ、ごめんごめん。このところ、2人っきりで遅くまでミーティングを重ねることが多いものだから、つい」
「だから、その言い方がマギラワしいんだってば! アンタの場合は特に……」
敦司さんは、でも、おかまいなしにフッと鼻先で笑うと、
「ああ、道理で。真司のヤツ、最近よく夜中に寝ぼけてオレのベッドにもぐりこんでくるんですが。よっぽど疲れてたんだな」
「あら、カワイイ! オッチョコチョイなのね、真司くんったら」
思いがけない微笑ましいエピソードに、わたしの頬も思わずゆるんだ。
1人っ子のわたしには、大人になっても仲むつまじい兄弟がうらやましかった。
すると、薫も、とろけるようにニッコリ微笑んで、
「ほんとカワイイよねぇ、真司くん。ウチに泊まってったときも、ベッドの中で僕にしがみついて離してくれなかったもんなぁ」
「ちょっと、……薫? アンタ、まさか……!?」
わたしは、メンクラって言葉を失った。
敦司さんは、顔面に笑顔をはりつけたまま、
「前後不覚になるまで酔いつぶされりゃ、おかしくもなるでしょうね、そりゃ」
「だって、……僕と一緒だとキモチが安らぐから、お酒が進んで止まらないだなんて、嬉しいこと言ってくれるんだもん、真司くん」
「あんまり迷惑をかけるのも心苦しいんで、つぎに真司を酔いつぶすときは、オレを迎えに呼んでもらえれば」
「迷惑だなんて、とんでもないよ! 真司くんとなら毎晩だって、同じベッドをシェアしたいもの」
「……職権濫用が過ぎませんかね、アンタ?」
「敦司くんこそ、お兄さんだからって過保護が過ぎるんじゃない? 真司くん、ベッドの中で、ときどき僕を敦司くんと間違えてたみたいだよ」
――えっ? ちょっと待って、それって、つまり……?
わたしの混乱になど気付きもせず、薫は、さとすような口調で続ける。
「もっと、真司くんの意思を尊重してあげなきゃ」
「酒でベロベロになったアタマがしでかしたことを、『意思』とは呼べないでしょう」
「お酒の力を借りてこそ、本音をサラケだせるってこともあるんじゃない?」
「なるほど、口がうまいですね、アンタ。そうやって器用に言いくるめて、タブラカすわけだ」
「ヒトギキ悪いこと言わないでよ、敦司くんったらー」
2人は、相手のグラスに黒霧島をひっきりなしに注ぎあいながら、延々と会話を続けていた。
いずれもヒトナミはずれて整った顔に、それぞれの十八番の笑顔をはりつかせ……というより、凍りつかせながら。
そのうち、またカラリと入り口の引き戸が開いた。
すっかり背景と同化していたわたしは、ナニゲなく、そちらを見た。
すると、まさしく、ウワサをすればカゲ。
わたしと敦司さんの送迎をうけおってくれていた真司くんが、そろそろオヒラキの頃合いを見はからって、迎えにきてくれたのだった。
ラフなジャージ姿で気軽に店内に足を踏み入れた真司くんは、カウンターでニコヤカに微笑み合いながら酒をくみかわす2人のオトコの姿を見るなり、ギョッとなって、その場に立ちすくんだ。
目尻の切れ上がった大きなトビ色の瞳の印象の強さもあって、それはまるで、いきなり水を引っかけられたネコのようだった。
わたしは、急いで自分のクチビルに人差し指をあてると、「シーッ!」と合図を送りながら、手荷物をつかんで、そーっと椅子から立ち上がった。
それから、完全に周囲を見失っている2人の王子様の後ろを通りぬけると、真司くんの腕をひっぱって、こっそり店の外に連れ出してから言った。
「あの2人、盛り上がってるみたいだから、放っておけばいいわ。わたしだけ送ってもらえる?」
「う、うん」
真司くんは、まだ困惑しながらも、ひどくホッとしたように肩をストンと落として、叔父さんに譲ってもらったばかりだという洒脱な青い車の助手席に、わたしを乗せてくれた。
かくして、この夜、わたしの『王子様アレルギー』は不治の病となるまでに悪化したと同時に、真司くんの行く末に心からの同情を寄せたのだった。
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