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第55話・ススキノ・クオリティ
「職場の近くに、あんないい店があるなんて知りませんでしたよ。あの、ブリのタタキを味噌とショウガで味付けしたやつなんて……初めて食べたけど、美味しかったなぁ、"なめろう"って言うんでしたっけ?」
「うん。皿にくっついた残りまで舐めたくなるほどウマイから"舐めろう"ってゆーらしいよ。房総とかのへんの名物らしいね、もともとは」
夜風が冷たい。……熱燗で火照った頬には心地いいけど。
式場に続く並木道の街灯の下を、ススキノ君と肩を並べて……いや、若干の高低差があるから"並べて"ってのは語弊があるか?……歩きながら、オレは、ダウンジャケットに包んだ肩をすくめた。
「へぇー。意外と博識ですね、今井さん」
ススキノ君は、切れの長いスッキリした奥二重を、オオゲサに見開いてみせた。
オレは、思わずクチビルをとがらせた。
「"意外"は余計だっつーの!」
……まあ、実際のところ、ウチのGMが南房総の出身なんで、そのウケウリにすぎないんだけどね。
「そーいや、ススキノ君って北海道出身だったよね? うまいサカナなんて食べ慣れてるんじゃないの?」
「でも、タタキ料理は、自分の地元では、あまり食べつけてなかったので。すごく新鮮でしたよ。ネタも新鮮だったし。ごちそうさまでした、今井さん」
「いやいや。ここんとこ、クリスマスのフェアの準備で、ススキノ君にはムチャな残業ばっかさせちゃってるから。あれくらいはゴチらせてもらわないとね。明日の朝も早いし……って、もう、とっくに日付け変わっちゃってるかぁ」
腕時計の短針は、2時を指してる。
「……ヘタに仮眠なんかとったら、かえって起きられなくなっちゃったりして」
「じゃあ、いっそ、2人っきりで夜明けまで、眠れない夜を明かしましょうか?」
「は……?」
「ヤダなぁ。そんなに露骨に警戒しなくても……」
「キ、キミの今までの所業をかんがみれば、ケーカイするなっつー方がムリ!」
「信用してくださいよ。眠気なんかフキ飛ぶくらい、ロマンチックな気分にひたらせてさしあげますから」
と、ススキノ君は、ミント系の爽やかマスクに、とびっきりスイーツな笑顔を見せた。……って、自分でゆっといてムズがゆいが。
とにかく、それ以外に形容しがたいんだから。しゃーない。
ススキノ君は、オレの手をなかばゴーインに引っぱって、式場の屋上まで連れ出す。
それから、フェンスの金網に両手をかけて、真上を見上げる。
横に並んだオレも、つられてアタマを後ろにもたげると……
そこには、無数の星のマタタキ。
「へぇー……」
こんなとこからでも、けっこう星が見えるもんだねぇ。
満天の星空か。まあ、ロマンチックには違いないけど……
そんなに大騒ぎするほどのもんじゃ……
「うおっ!? 流れ星っ……」
視界のスミをハッキリと横切っていった、金色の軌跡。
「スゲぇ! 超ラッキー! めちゃめちゃテンション上がるわぁー」
コーフンしきりのオレに、ススキノ君がアッサリと返す。
「今夜がピークらしいですからね、ふたご座流星群。夜明けまでには、もっともっと見られますよ」
「へ、そーなの?」
「日中ずいぶん風が吹いたから、雲もないし。絶好の観測日和ですね」
夜空を向いたままノンビリ話すススキノ君のカタチのいい口元から、白い息が、夜気をフワリフワリとけぶらす。
オレは、いったん外したメガネを、マフラーのはしっこでシッカリぬぐってから、かけ直し。再び空を見上げる。
とたんに、ピカピカに磨いたばかりのレンズごしに、さっきよりも長い弧を描いて、星が流れた。
「おおおっ! こっちにも……」
「せっかくだから、たくさん願い事をしておいた方がいいですよ」
「うん、……そうだなぁ」
「あ、……あっちにも。デカいのが見えましたよ」
ススキノ君は、オレの見上げてるのと反対の方角を指差してつぶやいた。
オレは、ススキノ君の白くて長い人差し指の先にナニゲに意識を奪われながら、
「ススキノ君は、どんな願い事すんの?」
そしたら、ススキノ君は、急に真顔で。ためらった。
「そういうのって……ナイショにしとかないと、効力がなくなったりしませんかね?」
「なによ! そんなガチな願い事なワケー?」
「いや……まぁ……」
うわ。ススキノ君のハニカミ顔!
流れ星より、よっぽどレアなんじゃね?
「あの、今井さん……そんなにニヤニヤされると、余計にカミングアウトしづらいんですけど」
「気にすんなって。オレ、もともと、こーゆー顔だし!」
ススキノ君は、フッと気まずそうに苦笑いして、
「実はオレ、ハンパなく音痴なんですよねぇー」
「は? オ、オンチ……?」
「はい。なので、もうちょっと音感が良くなりたいなぁ、と」
「マジかよ」
頼んだ仕事をなんでもスマートにパーフェクトにこなしてくれちゃう、頼りになる爽やかイケメンのススキノ君が、オンチとはねぇ。
「すっげぇ、意外!」
けど、どーりで、こないだの呑み会のときも、三次会のカラオケで歌わせようとしたら、徹底的に拒否ってたもんなぁ。
ヒトは見かけによらないもんだ。
「そんなにマジマジと顔を見ないでくださいよ、照れますから……」
と言いつつ、ススキノ君は、今度はミジンもハニカんだりせずに、
「もしかして、思わぬギャップに萌えたりしちゃいました?」
「な……っ!? んんなワケ、ないっしょっ!」
って、なんでオレがハニカまねばならんのだ……
ススキノ君は、おかまいなしに夜空をあおぐ。
「あ、……また、あっちに流れましたよ」
「え……どこどこどこーっ! どのへん?」
「ほら、……あそこにも」
「おおおおっ! 見えた見えた、デカいのが!」
「願い事、できました?」
「まあね。……3回となえるってのは、さすがにムリだけど」
ガッツリ、心の中で、お祈りできた。
「どんな願い事したのか、教えてくださいよ?」
まあ、隠すほどのこっちゃないので。
オレは、すこぶる素直に答える。
「『もっとデカい流れ星をいっぱい見たい』……って」
したら、ススキノ君は、キョトンと黙り込んで、まっすぐにオレを振り向いた。
……オレ、なんかヘンなことゆったか?
それとも……あんまし幼稚な願い事なんで、ドン引きされた?
けど、だってさあ。流れ星なんて、めったに見れるもんじゃねーし。
せっかくのチャンスなんだからさ。
「今井さんって……」
と、ススキノ君は、なんだかマブシげに目を細めて、ふーっと長く白い息を吐くと、
「どうしても、オレを、本気にさせたいんですか?」
「は?」
「オレも……今井さんと同じ願い事をしようかな」
「オンチ解消は、お祈りしなくていいの?」
「良く考えたら、"ギャップ萌え"って、けっこうな切り札かもしれないじゃないですか。オンチのままの方が、ポイント高いかなと思いまして」
「はあああ?」
「アリガチな現実主義者だとタカをくくってたら、意外とロマンチストだったり。……そういうギャップ、かなりドキッとしますもんね」
「なにそれ? 意味わかんねーし」
「てっきり、競艇の大穴でも願掛けするかと思ってたのに。流れ星に向かって、『もっと大きな流れ星が見たい』だなんて……参りますよ、そういうの」
「な、なんだよ! やっぱ、バカにしてんなあ?」
「あ、……ほら。すっごくデカいのが流れていきましたよ、見えました?」
「えっ、マジ? どこにっ? ……うわ、見逃したーっ!」
「大丈夫ですよ。……もっとデカいのが見られるように、祈りましたから」
ススキノ君は、きれいな星空を見上げたまま、スッキリと笑って。
どこまでマジなんだか、てんで分からない。
けど……思わせぶりな好意を匂わせられるのが、マンザラでもないような気分? オレってば……
そろそろ、ヤバいかも……
「だから……次に、とびきりデカい流れ星が流れたら、それは、オレから今井さんへのプレゼントですからね」
ヘーゼンと、そんなヨマイゴトを口走ってくれちゃうんだから。
参るよね、こーゆーの。
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