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第56話・(クリスマスSP)Blue Bless×White Breath...
……だいたい、クリスマスなんてロクな思い出がねぇし。
それなりにホレてたオンナと、ヒトナミにイケてるクリスマスをマンキツしたいとか。そうトートツに思いたったケナゲなセーシュン時代に、「正しいイブの過ごし方」のアットー的なスキル不足をおもっきしサラケ出して、ドン底に打ちのめされることになっちまった。
ぶっちゃければ、クリスマス・イブに、いつものナジミの居酒屋で酔わせたあとに、いつもよりちょっとグレードの高いラブホに連れ込もうとしたら、入り口の前で力いっぱい平手打ちくらって、それっきり、ケータイもブロックされちまったってゆう。
……振り返りたくねぇ、黒歴史ってワケだ。
けど、二度と振り返りたくねー思い出ってヤツほど、ことあるごとにハッキリとナマナマしくビジュアルがよみがえってくるもんで。
つか、ビジュアルどころか、オンナの口グセまでリアルに耳に聞こえてきやがる……
「しんちゃんって、ホントはユージューフダンなんだね……」
って。付き合いはじめからずっと。ことあるごとに、ナジラレたもんだった。
……てか、オレ。なんであんなオンナにホレてたんだろ?
「ユージューフダン」だぜ?
このオレに、「ユージューフダン」って!
ありえなくね?
オンナってヤツは、なにかっつーとオトコに「テスト問題」を突き付けやがる。
んで、お望みの回答を出してやらねーと、たちまち不機嫌になって。
理解がタリねー、だの。愛がタリねー、だの。
だったら、ハナっから、クリスマスイブにふさわしい百点満点のコジャレたレストラン&スイートルームとやらを、とっとと自分で予約しといてくれりゃー良かったんじゃね?
オレには、そんな気のきいた答えは出せねっつーの。
付きあってりゃ分かりそうなもんっしょ?
「理解がタリねーのは、どっちだって話よ。まったく……」
ほんのりワビしい気分にヒタリながら、オレは、ベランダの手摺にヒジをかけて、なんとなく空を見上げた。
ヤセ細った月は真っ白く光ってて、寒くて凍えてるみたいな……
「また、風呂あがりにそんな薄着で……湯ざめするぞ?」
カラカラとベランダの引き戸が開く音に続けて、アニキのタメ息が後ろから聞こえた。
オレは、すかさず舌打ちして、
「うっせー! 長湯してノボセたから、ちょーどいいん……っ」
……言い返しかけたとたん、ハデなクシャミが飛び出た。
「あいかわらず学習能力ゼロだな、オマエ。お兄ちゃんの忠告を聞かないからだ」
と、アニキは、オレのアタマに乗っかったバスタオルの上から、湿った髪をグシャグシャとカキまわす。
オレは、オオゲサにブルルッと肩を震わせてみせる。
「『お兄ちゃん』言うなっつってんだろーが。それこそ、サブイボ出るっつーの」
「とにかく、……カゼひかねーうちに部屋に戻れよ」
「ん……分かった」
アニキの両手の中で、オレがコクリとうなずいたら、
「どうした? ……ヤケに素直だな、今日は?」
と、アニキは、フシンげな声を出して、横からマジマジとオレの顔をのぞきこんできた。
そんなにガチで驚かれると、ハナハダ心外なんですけど……
「つーか、……いっつも素直だろーよ、オレ」
……少なくとも、まあ、アニキに対しては。
いつだって、モレなく素直に、スミヤカかつスピーディーに回答を返してる……イエスにしろ、ノーにしろ……と、思う。
そりゃもう、「ユージューフダン」なんて見当ハズレもいいトコ。
ああ、そうだ。だって……アニキの「テスト問題」には、いつだって、「オレ仕様」の選択肢が用意してあるんだもんな。
「学習能力ゼロ」の不肖の弟のために、アニキは、とびっきりシンプルに「回答」をシボっておいてくれる。
って……あれ?
つーことは、やっぱ……オレって、
「……ユージューフダンなんかなぁ?」
「誰が優柔不断だって?」
「いや……なんでもねーよ」
「……?」
アニキは、探るような目をして、アイマイに「フン」と鼻を鳴らしてから、手摺にもたれて空を見上げた。
「……寒そうな三日月だな」
と、自分はスウェットの上に厚手のカーディガンをシッカリ着込みながら、ポツリとつぶやいて。
オレは、また、すこぶる素直にうなずいた。
「うん」
……さっき、オレも、そう思った。
「凍ってるみてぇな色してる、三日月」
―――だから、アニキの隣は、居心地がいいんだ。
鼻の奥が、意味もなくツンとしみて……
クシャミが、また出た。
すかさずドヤ顔で、アニキはツッコむ。
「ほら、サッサと部屋に戻れよ」
「分かってんよ。……ウゼェな」
最後のヒトコトは、イキオイってヤツで。
よく言うじゃん、えーっと……『社交辞令』っつーんだっけ? あれ、……意味ちがうっけ?
「分かってっから……」
そらもう、イヤっつーほど分かってんだ。
アニキは、いつでも、すこぶる正しい。
なんたって、正しい選択肢だけをオレの目の前にブラ下げといてくれるんだから。
……まあ、たいていの場合は、アニキの都合のいい答えだけをゴーインに押し付けられて、問答無用でヨーシャなく言うなりに従わせられるだけなんだけどさ。
それでも、見当のつかない答えをテサグリで探させられるよりは、よっぽどラクなんだ、オレにとっちゃ。
なんせ、キッスイの「ユージューフダン」だし、オレ。
だから、……このまんま部屋に戻って、アニキのベッドにもぐりこんじまったら、たちまち流されちまう。
さんざんスリ込まされてきた、ヒワイな体温……アニキの熱が、湯ざめしたオレのヒフをドロドロにとろかしてくれっだろうから。
けどさ。オレだって、そろそろ、クリスマスが近づくたびにトラウマよみがえらせてアンニュイになるヘキを、キッパリ捨て去りてぇワケよ。
だからさ、なんつーか、……『聖なる夜』ってヤツを、一度くらいは、まっとうにコンプリートして、スキルアップをはからねば……なんてな。
いや、ジョーダン抜きで、かなりセツジツ……
「いくら、バカはカゼひかねーって言ってもな……」
と、アニキは、小さくタメ息をつく。
白い息がフワリフワリと、黒い空に浮かぶ。
何か言い足りなさそうに、ほんの少し開いたまま固まったアニキのクチビルは、ツクリモノみてぇに……キレイで、デキのいいカタチをしてて。
吸い込まれるように、目が離せなくて……オレも、タメ息をついた。
白いタメ息が2つ、寒そうな空の真ん中で混ざり合う。
『タメ息が、キスしてる』……なんて、ガラにもねぇ言葉がアタマにフッと思い浮かんで。ヤベぇ。超ハズい。
「顔、赤いぜ? ホントにカゼひくんじゃ……」
けど、まあ、アニキの心配そうな顔ってのも、ガラにもねぇレアもんだし。
ホッペが、ひとりでにジワジワゆるんでくる……なんだろね、このハイな気分?
もしかして、「こーゆー感じ」が、サンタのプレゼントってやつなのかもな。
まあ、……悪くねー感じだよ、ぶっちゃけ。
レアなタメ息が、キレイな夜空で、ふんわり触れ合う……これこそ、オレがずっと望んでた「距離感」ってヤツなんだから。
まっとうな兄弟らしい、適度な「距離」……くっつきすぎず、離れすぎず。
頼りになる優秀なアニキに、学習能力ゼロのマヌケな弟……いや、ケンソンだけど……そーゆーカンケイだったら、オレだって、アニキをいつでもソンケーできんのに。ハラの底から。力いっぱい。
けどさぁ、……サンタのジーサン?
ガチでクチビルをくっつけ合ってドロドロに舌をカラメ合うディープなキスよか、むしろ……
冷たい空の真ん中で、おたがいの熱に引かれ合うみてぇに、フワフワと重なり合い、混ざり合い、溶け合って一つになる、真っ白い息の方が……
……なんか、スゲェ、どーしようもなく、やらしげに見えて。
冷えきってるハズのカラダが、奥の方から火照ってくるのは、……なんでだ?
オレが、どーしよーもないスケベだからなのかねぇー?
それとも……
ここで頼りになる優秀なアニキに正解を聞いちまったら、生まれて初めて味わうオレのプレミアムなクリスマス気分も、その瞬間に終了だろう。
「はぁー……」
白い息が、また一つ。ふぅわりと、夜空に昇る……
「 Have yourself a Merry little Christmas... 」
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