第61話・独壇場ビューティー(後編)

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第61話・独壇場ビューティー(後編)

係のオニイサンが、外側からガッツリと扉をロックする。 オレは、いよいよ観念して、ミヤさまと向かい合わせのシートにしぶしぶケツを下ろした。 「……大盛況だったねぇ、週末のセール。真司君がガンバってくれたしね。もう、新店は1人で任せても全然ヘイキだね」 と、ミヤさまは、ネコなで声でオレのキゲンをうかがう。 オレは、照れ隠しに、ちょっと口をとがらす。 「どうだろ……ミヤさまがフォローしてくれたからじゃね?」 「そんなことないって。自信持ってよ」 「はぁ……」 「それにしても、ナマのアレンジよりプリザーブドの方が先にサバケたのは意外だったよ。仕入のバランスと商品展開をまた練り直そうか」 四方を囲む窓の景色が、ユックリと上昇していく。 オレは、開いたヒザの間に両手を組んで足もとに目線を移し、ミヤさまのソフトな声を心地よく聞いてた。 ミヤさまは、オレの沈黙を誤解して、おもむろに席を立った。 「そろそろキゲン直してよー、真司君。ほら、見てごらんよ。あんなにキレイだよ、サクラの花……」 そう言いながら、オレの隣に移って座り直す。 「ちょ……っ? ヤメろよ、ミヤさま! 大人しく自分の席に座っとけって」 オレは、不覚にもテンパった。 「係のニイちゃんだって言ってたじゃんよっ? 観覧車の中で暴れちゃダメだって!」 ほらほら、言わんこっちゃねぇ。こんなに揺れてるだろーがよ……危険があぶない…… オレは、壁際の手スリに両手でスガリついた。 ミヤさまは、ノーテンキにアハハと笑った。 「えー? 座席を移動しただけじゃないか。オオゲサだなぁー」 「それが一番ヤバいんじゃん……こっち側ばっかに体重がかたよったら、観覧車がかたむいちゃうじゃんよ! バランス考えて、バ・ラ・ン・スっ!」 「あれぇ? もしかして……」 ミヤさまは、上半身をかがめてオレの顔を下からノゾキ込んだ。 「……真司君って、高所恐怖症だったりして?」 「うう……うっ」 「えー? 意外だなぁー! 知ってたら、ムリヤリ観覧車に誘ったりしなかったのにー。ホント、ゴメンねぇー?」 いや、セリフと表情がチグハグなんだが。なにその笑顔! ユーチューバーだったら炎上必至よ? く、くそーっ! 「でも、ほら、せっかく乗ったんだから、景色を楽しまないとー!」 調子に乗ってハシャギながら、ミヤさまは、オレのホッペタを両手ではさみこんでゴーインに窓の方に向けた。 「や、やめ……っ!?」 いつの間にやら、地面ははるか遠く…… 足元がオボツカない実感がトートツにわいてきて、ヒザが勝手にカタカタ笑い出した。 「マ、マジでカンベンしてくれぇ……」 別に、高いトコがそれほど苦手なワケじゃねーんだかんな? 絶叫系のコースターなんかは大好物だし。 けど、観覧車だけが、どーしてもダメなんよ。 もったいぶってジワジワと少しづつ、ゆっくりゆっくり上にのぼってくカンジが。すげぇムリ。 あと、外側からロックされて閉じ込められちゃうってゆう、この密閉感な。 控えめに言って、空中の牢屋だ。 こらえきれずに、思わずギュッと目を閉じた。 そのとたん、クチビルに、なにやらシットリした温かい感触が…… ナニコレ……? って、まさか……! オレは、あわててバッと目を開けた。 「ド、ドサクサにまぎれて何やってんだよ、ミヤさまっ! 信じらんね……っ」 なんのミャクラクもなくトートツに、いきなりキスとか…… しかも、一瞬で舌まで入れてきやがった……さすが根っからのコマシ…… いや、感心してる場合じゃねぇっ! あわててミヤさまの肩を押しのけて、座席のスミッコにジタバタと逃げまどう。 「寄るな、さわんな! セクハラ上司っ!」 ミヤさまは、ヘーゼンと笑ったまま、 「そんなに暴れると、観覧車が揺れて危ないよー?」 「…………!」 ギョッとなったオレは、ひとりでにミヤさまのシャツの胸元をつかんでシガミついた。 ミヤさまは、待ってましたとばかりにオレの背中に手をまわして、ガッツリとホールドするなり、 「あー、もう最高……観覧車って楽しいねぇー?」 と、腰のあたりをベタベタなでまわしてくる。 オレは、されるがまま……もう、まるっきりミヤさまの独壇場…… 「た、楽しくねーよ……」 フリーズしたままゲンナリとつぶやくだけで、もうオレはイッパイイッパイで…… 朝、いつも通りショッピングモールの花屋のテナントのバックヤードに出勤すると、 「ど、どーしちゃったの? その、ホッペタ……」 と、オレのすぐ後にタイムカードを押しにきた早番のスタッフのオンナのコが、ミヤさまの顔を見るなりギョッとした声をあげた。 事務机を前に座ってたミヤさまは、恥ずかしそうに苦笑いしてアタマをかいた。 「いやぁ、ちょっと。あんまりシツこくナデまわしたら、爪で思いっきり引っかかれちゃってねー」 「えー! ミヤさまんちって、ネコ飼ってたっけ?」 オンナのコは、ちょっと首をかしげてから、 「あ、でも。アタシも、ウチのネコをお風呂場にムリヤリ連れてってからかってたら、逆ギレされて顔じゅう引っかかれたことあったよー」 と、面白そうに笑った。 てか、逆ギレって言わねーんじゃね、それ? 『逆』じゃねーし。フツーにストレートにブチギレただけだし、ネコ。むしろ被害者だし、ネコ。 「アタシんちのネコ、水が大ッキライだから。浴槽の上に持ち上げると怖がっちゃって、ピャーピャー鳴きわめいて夢中で抱きついてくるんだよねー。それがもう、カワイくってさぁ。つい調子に乗っちゃったりして」 「その気持ち、分かるなぁ。震えながら必死にシガミついてくるのが、たまらなくカワイイんだよねぇ。もう、ずーっと離したくなくなっちゃう……」 と、ミヤさまは、なにもない空中をボーッと見上げながら、デレデレと目尻を下げた。 オレは、できるかぎりヒヤヤカに吐き捨てた。 「悪趣味!」 ミヤさまは、ハデな引っかきキズの目立つホッペタをデレッとゆるませて、イタズラっぽい笑い声をたてた。
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