第63話(最終話)・桜の樹の下で(後編)

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第63話(最終話)・桜の樹の下で(後編)

「……カンパイ!」 コップ酒のフチをカチンと合わせて、兄弟そろってグビッとヒヤ酒をあおる。 3分の1くらいをやっつけてから、プハーッとヒトイキついて、オレは、ナニゲに聞いた。 「つーか、なんでオレがサブマネに格上げんなったのを知ってんのよ、アニキ?」 したら、アニキは、急におっかねぇ顔を近付けてきた。 「つーか、なんでオマエは、サブマネに格上げんなった話をオレに黙ってたんだよ、真司?」 「だ、だって……アニキは、別に興味ねぇと思ったし……」 「オマエに関わることで、オレにとって興味ねぇことがあると思ってんのか、このバカ」 「い、いや……改まってそう言われると……ちょっとドン引きかも」 つーか、ベラボウにハズいし。 どうにもイタタマレないので、 「バカはねーだろ、バカは!」 と、さしてキレてもねぇのに、怒鳴ってみたりして…… アニキは、見透かしたみたいにフンと鼻先で笑うと、オレのホッペタをムニムニと引っ張った。 「照れてんのか、オマエ」 「ガキじゃねんだから、そーゆーのマジでヤメろ、クソアニキ!」 マジでムカついてきて、アニキの手を振り払った。 アニキは、今度は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。 「言っとくが、オレは賛成してるワケじゃねぇからな。オマエが花屋を続けるの」 「なんでよ?」 「あのロクでもねぇスケベのヤサ男が、オマエにチョッカイ出さないハズがねぇからだ」 「それって……ミヤさまのこと?」 「他にも該当(がいとう)するヤツがいるのか?」 「い、いねぇーってば! いるワケねぇじゃん」 「本当だろうな?」 アニキは、聞いてるだけで鼓膜(こまく)が凍りつきそうな、冷たく低い声でうなった。 「本当本当本当! ありえねぇから、ガチでマジでリアルに!」 オレは、おもっきし力いっぱい必死に、ブンブンと首を上下に振りまくった。 ドセンのバンギャが嫉妬するレベルに。 アニキは、それでもウサンクサげにオレをジットリとニラミつけたまま、 「オマエがオレを裏切ったら、オレは、この桜の木の下でハラをカキ切って死んでやるからな」 「は……っ?」 ちょっ……いきなり、どっからワキ出た、そのスプラッタ構想!? 「わざと急所をハズして、いつまでも血まみれでノタ打ちまわって、死ぬ間際まで大声で恨み言を叫びまくってやる。オマエが一生罪悪感にモダエ苦しみながら過ごさなきゃなんねぇような死に方をしてやるぜ、絶対」 「ジョ、ジョーダンじゃねーよ! フツーは、カワイイ弟の幸福を祈りながら、静かにヒッソリ世を去っていくもんじゃねーのかよっ?」 「それは、いくらなんでもムシが良すぎるぜ、真司」 と、アニキは、アキレ返ったようなタメ息をつきやがった。 「ムシがいいって、どこがよぉっ?」 「そもそも、このオレを失ったら、オマエが幸せになれるハズがなかろうが」 「いや、ちょっと待って……意味わかんねっす」 ついてけねぇよ、そのオレ様ロジック……。 悪酔(わるよ)いにもほどがあるぜクソアニキ。酒には強いはずなんだがな。 アニキは、怒ってんだか笑ってんだか分からないアイマイさ加減で、フッと鼻を鳴らした。 「分かるように努力しろ」 「はぁー?」 「オレを幸せにするのが、オマエの生まれてきた理由だ。理解しろ」 「勝手なこと言ってんじゃねぇーっつの! んじゃあ、オレ自身の幸せはどーなんのよ?」 「オレに愛されることがオマエの幸せだ。そう思えるようにならない限り、オマエに幸せな人生なんかありえねぇぞ、残念ながら。せいぜいガンバれ、な?」 「っざけんなーっ!」 オレは、思わず絶叫した。 アニキは、涼しい顔で笑った。 「ふざけてなんかねぇよ、大マジだ。オレのカワイイ弟として生まれてきたのが運のツキだったな、真司」 クッソーッ! ムダにコギレイな顔しやがって…… 吸い込まれそうな黒い目……その前を、花びらが一枚ヒラリと通り過ぎて。 まるっきり映画の1シーンみたいに、できすぎた映像だ。 シャクにさわるくらいに……どうしようもなく、キレイだと思った。 「梶井基次郎(かじいもとじろう)って、知ってるか?」 アニキは、ふいに、耳ナジミのない名前をトートツに聞いてきた。 オレが首を横に振ると、 「『櫻の樹の下には屍体(したい)が埋まっている』っていう有名な冒頭の短編小説を書いた作家だ」 「なにそれ。ホラー小説?」 「まあ、ある意味ホラーかもな。満開のサクラの美しさがあまりにも完璧すぎたので、その美しさの陰には残酷な惨劇が隠れているに違いない、と。そんな物騒な妄想でケチをつけてやらなきゃ、自分のアタマがイカレちまうんじゃないかと不安になった、……そういう男の話だ」 「ふぅん? なんか、良く分かんねー」 「そうか。オレはなんとなく、その男の心境が分かるような気もするけどな」 言いながら、アニキは、オレの目の前に顔を寄せてきた。 オレは、後ろに手をついてノケぞった。 「ちょ、ちょちょっ……ヤバいって、こんなご近所で。なに考えてんだよ、バカアニキっ?」 「いいだろ、キスくらい。誰もいねぇよ」 「けど、……っ! ん……ふぅ……っ」 ―――けど。サクラの花が、見てるし…… そんなガラにもないセリフを口走って恥ずかしさにミモダエるより先に、クチビルをふさがれちまったのは…… ラッキーだったと思うべきなんだろうか? :::END:::     「アニキの身上。」は、ここでいったん更新終了します。  ご愛読ありがとうございました! .
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