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「さくら、カギしめられるんだな」
昼ごはんの焼きそばを食べながらつぶやく。本人はひろみの隣で、何事もなかったように焼きそばを手づかみで口に運んでいる。もう、顔中がソースでぐちゃぐちゃだ。
「ほんと、びっくりね。最近、ノブとかツマミとかガチャガチャやってるなとは思ってたけど、まさかカギ締めちゃうなんて。締め出されたのがたけしでよかったよ」
ひろみがさくらのほっぺたを拭きながら言う。
何だよそれ、と思うけれど、俺が仕事の間にひろみが締め出されていたら、もっと大変なことになっていたかもしれない。
それを考えたら、確かに締め出されたのが俺でよかったのかな、とも思う。
これを世間では肩身が狭いと言うのだろうか。
いや、それはたぶん違うだろう。
ひろみは俺が仕事の間も寝ている間だって、四六時中さくらのことを考えて生活しているわけだし、それに比べたら俺がベランダに締め出されることぐらい何てことないじゃないか。
部屋の引き出しは全部開かないようにベルトがつけられ、大事な物を置くことのできる安全地帯はどんどん高く上に上がっていく。それに加え、今度はベランダや玄関のカギを締められた時の対処法を考えなければならないという難題も加わった。
でも、その不自由さは決して憎むべきものではないのだ。なぜならそれは、さくらの成長の証でもあるのだから。
「さくら、おいしい?」
ひろみの問いに、少しずつ言葉を理解し始めたさくらが頷く。そのソースまみれの顔を見ると、ベランダに締め出された時の苦しみなんてあっという間に吹き飛んで顔が綻ぶ。
やっぱり二人の笑顔はそっくりだ。
俺を締め出した彼女たち二人が笑顔でいてくれることが、俺の結婚生活の中で一番大切なことだな。
そんなことを思いながら食べ終わった焼きそばの皿をシンクに運び、洗い物を始める。
ジャーッと流れる水の音が心地良かった。
ー終ー
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