たけしとベランダ

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 一度目のあの日は確か、結婚一年目のずいぶん涼しくなった秋口のことだった。   「たけし、ちょっとベランダの洗濯カゴ取ってくれない?」  妻のひろみに言われた俺は、素直にそれに従ってベランダに出た。  足下のカゴを取ろうとして腰を屈めたその時だ。背中の方で嫌な音がしたのは。 カチャリ  振り返った俺は、ひろみのいたずらっぽい微笑みをガラス越しに見た。  ひろみの手には、くしゃくしゃに丸まった俺の靴下。笑顔のひろみはその手を前に突き出すと、俺に見せつけるように振っている。 「わかったよ、今度からちゃんとカゴに入れるって」  ひろみは「どうしようかなあ」というような仕草を見せて、一度隣の部屋に移動して視界から消える。  俺が焦ってコツコツとガラスを叩くと、ひろみは笑ってすぐに戻って来て鍵を開けてくれた。
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