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1 死んだ娘が男を連れてきた
死んだはずの恵美子が男を連れて帰ってきた。
『お母さん、ただいま』
インターホンに出た時の浩子の気持ちは、とっさに名状しがたいものだった。死ぬ間際の恵美子は声すら出せない状態で、死後、時の流れは無情に娘の声を記憶の片隅へ追いやった。
それでも声を聞けばおのずと肩が反応してしまう。母親というものは、娘を喪って母親をやめたとしても母親なのかもしれない。
ところがそんな母性も愛情もむなしさも、恵美子の横に映る男の姿を見た瞬間に霧散した。浩子の思考が冷静さを取り戻し、脳は逆に沸騰した。
「これはいったい何の嫌がらせです!?」
男はひどく傷ついたふうだった。
『嫌がらせではありません。事情を説明させてください』
浩子はいますぐにでもインターホンに怒鳴り散らして門前払いをしたかったが、死んだ娘が目の前にいるのに理由も尋ねないまま追い返すことはひどくためらわれる。しかたなく浩子は、恵美子と見知らぬ男を家の中へしぶしぶ入れた。
男は楠木勝と名乗った。
「突然すみません」
勝は深々と頭を下げるが、浩子の怒りと興奮は男の低頭くらいではおさまらない。
「どういうことなんですかこれは。この子は誰なの?」
「単刀直入に申し上げます」
勝は頭を上げて、決然と浩子を見た。
「彼女はエミコ。ロボットです」
「なにいってんの?」
「浩子さん」
勝は、今度はテーブルに手をつけた。
「エミコさんと結婚させてください」
「……なにいってんの?」
怒りをぶちまけなかった自分を褒めて欲しい。
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