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それからは。
あの神社を訪れても、あの少年に出会う事はなかった。
初めて出会った日の事を思い返す。
少年は、賽銭箱の横の隅っこで、背中を丸めて小さくなっていた。
そうして、一人で震えて、泣いていたのかもしれない。
そう思うと、悲しくなった。
僕は『僕』にあんまり関心がない。
だけど、それがもし『少年』の寂しさに繋がるのなら、いけない事だと思った。
少年のあの傷は、痣は、僕が僕を大切にしないことで負っていくものなのだと気が付いてしまうと、もっとしっかり生きていかなくては、と責任感に駆られた。
ーーーそれは岩のように重たい重責ではなくて、何処か、温かい。
僕が僕の為に生きられないから、見かねた少年が助けに来てくれたのか。
今度は僕が、少年を助ける番なのか。
それはどちらも『僕』なのに。自己愛とは違う気がした。
初めて、僕はこの小さな賽銭箱にお賽銭を入れた。
ガランガラン、と振った鈴は意外と大袈裟な音を立てる。礼儀作法をよく知らなくて、取り敢えず、お辞儀をして目を閉じ、手を合わせた。
(………『僕』に会いに来てくれて、ありがとう。少年の出会いを、無駄にしないように………生きてみようかなと、思う)
それは、願いではなくて、誓い。
いや、やっぱり願いの方が正しいかもしれない。
君との出会いを無駄にしてしまいませんように、と祈っていた。
“差し出してくれた手は、一杯あったでしょう?”
少年の声がする。
そうだね、僕が。
勝手に壁を作って、心を閉ざして。
差し出してくれた手さえも振り払って、独りで生きていこうとしていた。
きっと、世界はもっと色鮮やかで。
もっと美味しいものに溢れていて、温かくて、柔らかくて、優しい。
もっとちゃんと、見てみよう。
深呼吸をして、閉じていた目を開いた。
“大人のふりはやめてよね”。
また、少年の声がする。
聞き分けのいい子も、暫くやめてみるよ。
『僕らしく生きていく』って、まだよくわからなくて困るけど。
でも取り敢えず、今日、家に帰ったらご飯を炊いてみようかな。
明日学校に行ったら、いつもテストの点数で突っ掛かってくるアイツに、「おはよう」と言ってみようかな。
そう思うだけで、何と無く、世界が変わっていく気がした。
伸ばした指先から、色が塗り広がっていく気がした。或いはこの、足元から。
『大人って、皆、子供』。
そうだね、少しずつ。
君が、そう言って失望してしまわない、『大人』を目指して生きてみようかな。
僕達が好きだった空を見上げると、限りなく広がる青は鮮やかで、雲は何処までも自由に流れていた。
僕は自然と、頬が緩んだ。
それなのに、何故か涙が出た。
けれどそれは、何よりも純粋で、綺麗な涙だと思った。
「幸せになろうな…」
誰か助けてと、本当は叫んでいた。
耳を塞いで時の流れに身を委ねていれば、何かがいつか変わるんだと、思っていた。
けれど、本当は気が付いていたんだ。
声に出さない声は届かない。
時の流れは何も解決はしてくれない。
ただどんどんと、孤独の淵で自分が磨り減っていくだけだった。
「僕が、君を救ってみせるよ」
それは間違いなく、決意だった。
風が優しくそよいで、髪を撫でた。
少年もきっと、同じことを想ったのだろう。或いは今、声が重なったのかもしれない。
僕はやっぱり嬉しくて、寂しくて、笑った。
君がくれたこの感情も決意も、全部大事に抱き締めながら生きていくから、いつまでも何処までも、僕を見守っていてね。
僕に応えるように。
今度は風もないのに、カラン、と神社の鈴が音を立てた。
ーおしまいー
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