君を幸せにする為に、僕に出来ること

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その日。 なんの変哲も無かったはずの日常。 アニメでも漫画でも、変化は突然やってくる。 でもそれは、アニメや漫画の話だと割り切って考えていた。 けれど、僕にも。 僕の前にも、『彼』は突然、現れた。 いつもの、最短ルートを外れた帰り道を真っ直ぐ行くと、古ぼけた神社がある。 しめ縄はぼろぼろで、誰か管理しているのか?と、その隣を歩く時はいつも少しだけカミサマに同情してしまう。 そんな、小さな神社の、賽銭箱の横。隅っこで、彼は体を丸めていた。 「………………どうしたの?」 賽銭泥棒にしては幼過ぎ。 幽霊にしては、足がある。 僕は少し考えたが、やっぱりそう、声をかけた。 小さな肩に手を置くと、その肩はびくりと大きく震えた。恐る恐る、といった感じで彼はこちらを振り返る。 「…………」 息を飲んだのは、僕。 その少年は、そこかしこに傷を負って、血を流していた。 イジメ。 虐待。 頭を巡った可能性に、声をかけたのは失敗だったかもしれない、と数秒前の自分の行動に後悔した。面倒ごとに巻き込まれたくなかった。 「…………お兄さん、誰?」 「通行人Aですが。君は?」 「…………」 少年は黙り込んでしまって、僕も「それじゃあ」と立ち去るタイミングを見失う。 「………ねえ、身体中痛いんだけど。良かったら、絆創膏をくれない?」 少年の無言に、どうしよっかな、と空を仰いでいたら下から無垢な声がした。僕はまた視線を下ろして少年を見る。 「バンソーコなんて持ち歩いてる系男子じゃないんだけど」 「お家は近く?」 「まぁ…」 言ってから、しまった、と思った。 けど、それも、一瞬。 何か災い的なものだったら怖いな、と思ったけれど、考え直してみると、そう怖いものでもないのかもしれない。 まぁ、暇だし。 「歩ける?うちで、手当てしてあげる」 「ありがとう」 少年は表情を綻ばせて笑った。 見た目の年齢のわりに大人びた笑い方だな、と思った。 玄関の鍵を取り出すと、「エーくんは、鍵っ子なの?」と少年がまた無垢な声で訊く。エーくん?と首を傾げてから、ああ、『通行人A』の『エーくん』ね、と合点した。 「そうだよ」 「そうなんだね。じゃあ、寂しいね」 「そうでもないよ」 「じゃあ、自由?」 「そうでもないよ」 少年はきょとんと首を傾げたが、招かれた玄関からウチに上がった頃には先程の会話なんて忘れているようだった。 まず洗面所の場所を訊かれて、一緒に手を洗った。家に帰ってまず手を洗うと言うのは、なかなか教育の行き届いた家の子なのかもしれないなぁと思った。見たところ、少年は小学三、四年生と言ったところだ。 洗面所に居るついでに、綺麗なタオルも濡らして傷口に当てて洗った。改めて見てみると、額や両腕、右の太もも、左の足首。様々なところから血を流していて痛々しい。古いアザのような痕もいくつかあった。 「………滲みる?」 「そうでもないよ」 「痛くない?」 「そうでもないよ」 ちょっと澄ました感じの返答に、何かと思えば先程のやり取りでの僕の真似をしたらしかった。僕はたまらず、吹き出した。 「あっ!エーくんが笑った!エーくん、負けだぁ!」 そんな風に笑う顔は年相応のものだった。先程の大人びた印象はまるで受けない。 僕の方も僕の方で、こんな風に楽しく笑ったのはいつぶりだろうか、なんてちらりと考えた。 「にらめっこなんてしてないよ」 「でも、なんだか難しい顔をしてるから。笑わないようにしてるのかな?って思った」 「そんなこと無いよ。面白いことが無いだけ」 「じゃあ、さっきのは面白かったってことだね!」 無邪気に笑う少年に湧いた感情に、驚いた。 『愛おしい』。 そんな感情を、自分が持っていたことに驚いた。 世界は無味乾燥ではないのか。僕の感情は、もうずっと前に死んでしまったのだと思っていたから。 「絆創膏じゃ足りないな。ガーゼがいるね」 消毒はしたものの、傷口はどれも広く、絆創膏では幅が足りなかった。少し考えていたら、少年は「大丈夫だよ!」と明るい声を出す。 「傷口は、空気に当てた方が早く治るって言ってたから!だから、絆創膏もガーゼも必要ないよ!ありがとう、エーくん!」 少年はにこにこと笑う。 それもそうか、とその意見に助けられ、僕はそれ以上傷に構わない事にした。 それから、一緒にお茶を飲んでお菓子を食べて、他愛ない会話をして過ごした。 気が付けば、母さんの帰ってくる時間になっていた。 「またエーくんとお話したいな…」 そんなことをぼやくから、僕は少し嬉しくて、「いつでもどうぞ」と返答していた。 「あら?今日は電気点けてたの?」 程無くして帰宅した母さんが目を丸めて、少しだけほっとした顔をした。
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