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次の日も僕は、あのこじんまりとして古びた神社に足を運んだ。
「あ、エーくんだぁ」
「えっ?!どうしたのッ!?」
僕の姿を見付けて嬉しそうに笑う少年はしかし、出会った頃よりも更に血だらけで痣も増えていた。
流石にもう、訊かないわけにはいかなかった。
驚きと不安。ーーーーこの少年はいつか、誰かが助けてやらないと死んでしまうのではないか?
「…今日も手当てして貰っても良い?」
まるでちょっとした失敗を誤魔化す子供のように、少年は上目遣いに僕を見た。
「それは勿論いいけど…。大丈夫なの?」
僕は眉を潜めた。救急車を呼ぶ、と言うことには躊躇いがあった。でも、場合によっては警察や…どこかそういったところに相談した方がいいのではないかと思案した。
けれど少年はにへら、と笑って「大丈夫だよ」と言う。
「エーくんに手当てして貰ったら、まるで魔法でもかかったみたいにすぐに良くなるから」
「………」
初めて、この少年の笑顔に違和感を覚えた。
不意に、かつての自分と重なった。
「…………無理して笑わなくても、いいんだよ…」
それは多分、かつての自分に向けた言葉だった。
ウチへ招いて、一通りの手当てを済ませると、僕は遂に切り出すことにした。
「……誰に、されたの?」
「………」
気まずそうな様子はなく、その質問に少年は「うんとねぇ…」と宙を見て考えているようだった。
「誰と言う訳じゃないんだけど…。自分かなぁ?」
「えっ」
自傷?
それにしては、違和感のある怪我だと思う。刺し傷や切り傷と言う感じの傷口は無かったように思う。わざと転んだとか、固い物に自らぶつかったとか…?
「…イジメじゃなくて?虐待とかでも…ない?」
始めは、面倒事なら関わりたくないと思っていたのに。今では、何とかしてこの少年を助けることはできないだろうか、と考えている。僕はすっかり、この少年のことが好きになってしまっていた。ほっとけないのだ。幸せになって欲しいと思う。もっと、年相応に笑っていて欲しい。
「そんなことじゃないよ!友達は優しいし、パパもママも、僕には優しい!」
ケラケラと笑うけど、先程の違和感が拭えない。かつての僕と被ってしまうイメージが崩せない。
人目を気にして笑った。好かれるように言葉を選んだ。心配かけないように、迷惑にならないように、取り繕って笑った。
幼い頃は必死だった。正しいことをしていると思っていたのに。歳を重ねる事に、なんだかそれは虚しさに変わっていった。
取り繕うことや無理して笑うこと、言葉を選ぶことに疲れていった。
優しさをあげても、必ずしも優しさで返ってくるわけではない。
本音に幾重にも蓋をしてしまえば、自分しか知らない心ばかりが置いてきぼりになった。
どんどん、息をするのも辛くなった。自分で自分の首を絞める、というやつだ。
僕は息の仕方すら忘れてしまいそうで、やっと、淡々と生きていこうと切り替える事が出来た。
「……エーくんはさ、知ってた?」
回想に没頭していた意識を、そんな言葉が現実に呼び戻してくれた。見れば、少年は用意したお菓子をどれにしようかなと選んでいる…というわざとらしいパフォーマンスをしていた。
「『孤独』は人を殺すんだよ」
「『退屈』なんじゃなくてさ。僕たちは、『孤独』なんだよ」
矢継ぎ早に、少年はそう言った。
えっ?と聞き返そうと思ったけれど、少年がとても寂しそうな顔をして笑うので、言葉を飲み込んでしまった。
「『助けて』って、心の声が聴こえて無いの?僕は、聴こえるよ。僕の幸せを願うなら、エーくんが幸せにならなくちゃ」
差し出してくれた手は、一杯あったでしょう?
諭すように笑う。困ったように。
僕はハッとした。息を飲む。…似ているんじゃない、この少年は……。
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