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翌日、油野は人事部の人間に呼ばれて会議室へと赴いた。そこには見知らぬ男がいた。
「いったい何のようです。要件を言ってもらわないと、こちらも暇な身ではないんですが」
「油野さん、すみませんが簡単なテストを受けていただきたいんです。それが終わればすぐにお仕事の方へ戻っていただいて構いませんので」
「……分かりましたよ」
渋々といった体で承諾すると、男は油野に簡単な質問をしていった。
あなたの名前は?
年齢は?
今日の日付は?
なんでそんなことを聞くんだ、と内心立腹しながら答えていくが、ふと、言葉に詰まる瞬間が訪れた。あれ、今日は……何日だったか。昨日はたしか休み明けだったから月曜日だろう、あれ、本当にそうだったか?
男は、会社のかかりつけ医だといった。最近、油野の言動に気になるところがある、という相談を受け、周辺の人物にヒアリングを行っていたという。
「書類の日付について、部下に命じて修正させたことがありましたよね」
「えぇ……あったと思います。そそっかしい部下で……」
「それ、部下の方が正しかったんですよ。日付のルールが変更になったとかで」
「そうだったんですか……それは、悪いことをしたな」
「それから、社外秘のファイルが出しっぱなしになっていた件ですが」
「それも部下の仕業です。本当にだらしのない部下で」
「あのファイル、あなたが出していたものだそうです」
「え……」
「資料を読んでいて、ふとお手洗いに行きたくなったあなたは、ファイルをその場に置いていった。そして、戻ったときにはファイルを自分が見ていたことをすっかり忘れていたと言うんです」
「そんな馬鹿なことが……」
「それにね、油野さん。以前から検診で見させてもらってましたけれど、少し性格も変わられたようですね。もっと温厚な人だったのに、今はすこし怒りっぽくなっているように感じます。……詳しく検査をしてみないとはっきりしたことはいえませんが……」
医師はある病気の名前を出した。
「この病気に効果のある薬も開発されてきていますから、これからどのように治療していくか一緒に考えていきましょう」
油野は、叱責をうけた部下がこちらへ向けた悲しそうな視線を思い出していた。良い部下だったのだ。右も左も分からない新人の頃から面倒を見て育ててきた。一人で契約を何件も取ってきて、すっかり一人前になっていたのだった。どうして、忘れていたんだろう。
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