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「おい芦原、ちょっと来い」
パソコンのキーボードを叩く音が目立つ静かなフロアに、野太い声が響き渡った。
「は、はい!」
呼ばれた男は、メモ帳とペンを持つと小走りで油野課長の元へ行く。
油野はこんこん、とパソコンのディスプレイを弾いた。昨日作成した見積書のファイルが開かれている。
「俺の言ったこと覚えてるか?」
「えぇと……」
内容は何度も見直したから、大きな間違いはないはずだ。そこまで複雑な計算はなかったはずだ。しかし、油野の不機嫌な表情からは何かだいそれたミスが潜んでいるように感じる。
首を傾げたまま答えをわからずにいる芦原を見て舌打ちした油野は、持っていたボールペンの先で、画面の右上をつついた。
「なんでこの見積書の日付が今日になってんだ? 日付はいつにしろって言った?」
「えぇと……」
「先方に渡す日だろ。……おいおい頼むよ芦原大先生。そんなんで契約取ってこれるのか?」
「すみません、修正します」
「頼んだぞ」
「はい……すみませんでした」
周囲の心配そうな視線を受けながら、芦原は小さく返事をした。
「……よし、やり直そう」
油野課長の机を見やり、芦原はゆっくりと息を吐いた。今日怒られたのはこの1件だけだ。まだ大丈夫。
油野は新人の時から先輩として芦原と一緒に仕事をしていた。関係は良好だったはずだった。しかし、最近風当たりが強くなっている。ほんの些細なことでも呼び出され、責められる。名前を呼ばれるたびに心拍数が上がり変な汗がでるようになってしまった。周囲の人間が芦原に同情的なのが救いだ。
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