メモリー

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 一服を終えてフロアに戻ってきた油野は、キャビノットケースの上に残されたファイルに目を留めた。じっと表紙を読んでいた目が剣呑になる。 「……どうして、このファイルがここにあるんだ?」  小さい独り言だったが、フロアに緊張が走った。  ファイルを手に取り、もう一方の手をパシパシと叩きながら、油野はゆっくりとフロアを歩き、やがてひとつの机の横で止まった。その椅子に座っていた黒髪の若者の肩がピクッと揺れる。 「芦原、お前だろ。これ、戻さなかったの」 「あの、でもそれは……」 「はいはい、すぐ言い訳して保身に入るやつ。そういうの印象悪いぜ」  油野は薄くなった頭部をするりと撫でながら 「使ったものは元に戻せって教わらなかったか? 教わってるよな」 「……はい」 「じゃあ、このファイル、どうしてここに出しっぱなしになってるんだ?」 「それは……」 「機密情報も含まれてるファイルはそのへんに放置せず使い終わったらすぐにしまうこと、って言ったと思うけど、覚えてる? 社外秘のファイルだぞ。情報漏えい事故が起こったらどう責任取るつもりだ?」  芦原は反論しようと何度か口を開きかけたが、結局出た言葉は諦めだった。 「すみません……片付けます」  ファイルを受け取ろうとすると、油野はすいっとその手を躱して 「あー、いいよいいよ、俺がやるから。ちょうど、見たかったからな、この資料」 「……はい」  その様子を見ていた先輩が、そっと声をかけた。 「限界なら、言いなよ」 「……ごめんなさい、すみません」  芦原の目から涙がこぼれた。
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