海辺の街・リゴン

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 苛立ったような足取りで厨房に戻るミアの背中を見ながら、ユーダレウスは声をひそめた。 「……ほんと、お前の若い頃にそっくりだな、マーサ。突っかかってくるときの顔ときたら」 「ありゃ完全に遺伝しちまったね。困ったもんだ」  言葉とは裏腹にあまり困った様子のないマーサは、ちゃっかり自分の分も用意した茶を口に運ぶと、指先を温めるように両手でカップを包む。 「そうだ。あんたこの街にどのくらいいるんだい?」  マーサの問いかけに、甘いホットミルクに舌鼓を打っていたティニも顔を上げて師に注意を向けた。  カップを置いたユーダレウスは、指先でテーブルをトントンと叩く。 「明日の晩、季節の嵐がこの辺りに来るだろう。今年は規模が大きいと聞いた。そいつをやり過ごすまでだ」 「そりゃいい! 今年は屋根が吹っ飛ぶ心配しないで寝てられるぜ!」  厨房のカウンターから身を乗り出したトレバーがぐっと拳を握った。毎年この時期にこの街にやってくる嵐は、街にあらゆる被害をもたらす。大雨による水害、暴風による被害。そして高潮。  この街の住民にとって、嵐というものは規模に関わらず心配の種だというのに、今回近づいているものは普段の規模を大きく上回る予想が立てられていた。 「ああ。しっかり守ってやるからメシ代まけろよ、トレバー」 「おっと、そいつは母ちゃんに相談してくれ」  悪戯小僧のような顔をしたトレバーとユーダレウスがマーサを見る。するとマーサは「舐めるんじゃないよ」と首を横に振った。 「食事代だけじゃ安すぎる。店の二階を宿に貸そう。もちろん三食飯付きだ。ティニの好きなものたくさん作るからね」 「ありがとうございます、マーサさん」  またしても仄かな笑みを見せたティニに、途端に破顔したマーサは、手を伸ばしてティニの両頬を手で包み込んだ。  両頬を撫でられながら目を細める弟子を横目に、ユーダレウスは再びカップを持ち上げる。 「いいのか?」 「え? ああ、もちろんさ」  マーサは名残惜しそうにティニの頬から手を放す。空になったユーダレウスのカップを見ると、お代わりを注ぐために椅子から立ち上がった。  ふと、マーサは思い出したようにトレバーそっくりな、いたずらっ子のような目つきでユーダレウスを見た。 「実はね、もう掃除もしてあるんだ。昨日のうちにね」  驚いたユーダレウスが、目を丸くしてマーサを見る。  ユーダレウスは事前に訪れる連絡などしない。そもそも、この街を訪れることに決めたのも「近くまで来て、尚且つ気が向いたから」というなんとも気まぐれな理由だった。 「ふふ、あたしの予感は当たるんだ」  ユーダレウスの反応に満足したマーサは、茶目っ気たっぷりに片目をつぶると、機嫌よく鼻歌を歌いながら、茶のお代わりをカップに注いだ。
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