海辺の街・リゴン

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 雑用を黙々とこなしているミアは、カウンターから客席をちらりと見た。  この時間はいつも混む。だが、今日は普段とは違った混み方をしていた。 普段は海や港で働く男たちや観光客が主なお客だ。  しかし今日は近所の人たちが目当てにやってきて、席は早くから埋まっていた。挙句、椅子がないならと、近所の自分の家から椅子を持参してくる者もいる始末だ。  帰る者が中々いないため席が空かず、結局、本日貸し切りの看板を表に出す羽目になった。  そして、集まった皆の喜びようといったら。  まだ宵の口だというのに酒盛りが始まり、もうすでに出来上がっている者もちらほらいる。気が付けば父であるトレバーもすっかり赤ら顔で、上機嫌に調子の外れた鼻歌を歌いながら厨房に立っていた。ミアは父の料理をする手元が狂わないことを祈った。  誰も、明日の嵐に備えようという者はいない。ミアは呆れたようなため息をついた。  ――魔術師なんて、インチキに決まってる。  ミアは感情に任せて空になった酒瓶を木箱に入れた。ガチャンという嫌な音に、慌ててしゃがんで瓶を確認する。この瓶は酒屋に返すものなのだ、割ったら申し訳ない。弁償代も小遣いから引かれてしまう。幸い、一本たりとも割れてはいなかったので、ミアは安堵感に項垂れた。 「ミア?」  メアリの呼ぶ声に、ミアはほとんど条件反射で立ち上がった。  いつもはふわふわして、どこか抜けているくせに、体調不良や怪我、仕事のミス、そしてサボりを見つけるときは目ざとい母なのだ。 「うずくまって、大丈夫? 疲れた?」 「平気。瓶、割っちゃったかもって焦っただけ」 「そう? そしたら、これユーダレウスのところに持って行って」  メアリにジュースと酒の瓶を一本ずつ持たされる。  ――また、あの男か。  ぎり、と握りしめると、中の液体がちゃぷんと音を立てた。  誰もかれもがあの男を「ユーダレウス」として扱う。一人で疑っていることが馬鹿馬鹿しくて、うっかり認めてしまいたくなるところを、ミアは半ば意地で堪えていた。  けれど、近づけば近づくほど、話を聞けば聞くほど、何故だかあの人は本物なのだと認めてしまいそうになる。だから、できることなら近くに寄りたくないのが本音だった。  しかし、嫌だとは言わせない顔の母に、ミアは頬を引きつらせて頷くと、重い足取りで厨房を出た。
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