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少年は、今度は薄紫の花を一輪摘むと、先ほどの黄色い花と同じように花の束に加えた。
この花束は、あの墓に供えるためのものだった。
初めて「墓」というものを知った日の夕方。ティニは師が何もない墓に花を飾っているのを見た。
広い背を夕陽に照らされながら、師が何かを呟く。カンテラがぶら下がった長い杖で地面を静かにつくと、どこからともなく柔らかな光の玉と白い花が現れて二つの墓の上に優しく降り注いだ。
初めて見たその美しい術に、ティニは心が躍るのを感じていた。
――あれが、魔術。
一座には奇術師というものがいたが、あれは種も仕掛けもある技だった。けれど、今のはどう見たって種も仕掛けもない術だ。
あんなすごいことを自分もできるようになるのだろうか。早く教えて欲しい。そんな期待を込めて師を見ると「墓に供え物がしたいなら、自分の手で摘め」と言い渡された。
それから数日。師が墓に手向けた花は日を追うごとにしおれていき、気が付いたらいつの間にか消えて墓は元の寂しい土の山になっていた。
ティニは手に持った花束を見下ろす。小さな、名も知らぬ花ばかりで、師匠が術で出した花には遠く及ばない。
けれど、何もないよりはずっといい。ティニはそう思いながら一人うんうんと頷くと、立ち上がり、細くて丈夫そうな蔦で花束の茎をくくった。
二つの墓の間に小さな花束を供え、ティニは軽く目を閉じる。死者の前での作法など知らないから、これも師匠がやっていたことの真似だ。
「――ティニ」
低い声で呼ばれた名前に、ティニはすぐさま顔を上げた。急いで振り返れば、すっかり旅支度を終えた師が相変わらず不機嫌そうな顔でこちらを見ている。不機嫌そうというだけで、実際はそう機嫌が悪いわけではないということを、弟子は早くも理解していた。
「ティニエト」
もう一度、長い方の名前も呼ばれると、まるで心の中にまで日が当たったようにほかほかと温まっていくのを感じた。
「はい、師匠」
――大事なものをくれたひと。
ティニは人形のようなその顔にわずかな笑みを浮かべると、月の色の髪を陽の光にきらめかせているその人の下に駆けていった。
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