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消したい過去
翌日の朝、突然社内の入り口から何人かの社員が挨拶する声が聞こえてきた、すかさず入り口の方を振り向くと社内へと入ってきたのは編集長の恵藤であった、恵藤は普段から明るい性格であり仕事も早く若い年で編集長を任されている、「おはよう冴木君、昨日は随分と遅かったみたいね」 「えぇ、まぁ」斉木は軽く会釈して応えた、斉木はあの日以来東京に来た時には名前を変え今は冴木として生きてきていた、すると恵藤が奥のデスクへと歩いている間に次々と記者達が恵藤に垂れ込みを伝えていた、聞き流している様に見えて頭の中は計算で張り目つくされている、「編集長、人気タレントの深夜の不倫スクープ手に入りました!」 「ご苦労様、塚田!明日の表紙はこれでいくから」そう告げると渡された記事を恵藤はデスクへと閉まった、
騒がしくなる社内に斉木は両手で頭を支えながら椅子に身体を倒した、横を振り向くと電話を片手に抱えながら話をしている忙しそうな恵藤の姿が見えた、すると斉木は身体を起こし昨晩に終えたばかりの記事をデスクから取り出した、「恵藤さん、これ、」斉木は慎重に恵藤の前に差し出した、しかし、恵藤は電話を話すことが出来ずしばらく待つように指示された、恵藤の話はそれから2分も続き暇をもて余した斉木は新聞社の窓の外を覗いた、窓の外には丁度高層マンションに繋がる広い公園が見えるようになっている、そこには公園で楽しくサッカーをしている兄弟の姿が見えた、その二人の姿を斉木はじっと眺めていた、「冴木君、冴木君、冴木君!」ふと呼ばれている事に気がつき慌てて記事を差し出した、「すいません記事が仕上がりました、チェックお願いします」すると次に恵藤が口にした言葉はまさかのものだった、「あ~ごめんなさいもうそれ却下になったから」 「え?却下ですか」斉木は思わず聞き返してしまった、「今上からの方針で見出しが変更になったから」恵藤に渡した記事はまた斉木の元へと戻された、「次からこの事件について探りを入れてきてちょうだい」そう言うと恵藤は厚い封筒のようなものを斉木に渡した、「これは何です?」斉木はすかさず問い掛けると恵藤はゆっくりと立ち上がった、「17年前に起きた事件は知ってる?」恵藤はそう話し始めると歩きながら話を続けた、「17年前に起きたとある農家を襲った放火殺人事件、犯人は事件の翌日にすぐ逮捕され、ついこないだになって死刑判決が出た、」 「過去の事件をまた掘り起こすんですか?」
「いいえ、凶悪犯の被害者に目を向けた特集を記事にするのよ」恵藤が話すその内容に斉木は頭を掻いた、「今さら掘り起こして何になるんですか?」斉木は困惑した顔で再び恵藤に問い掛けた、すると恵藤は突然足を止め斉木の目をじっと見た、「今後同じような悲劇を起こさないために書くのよ」そう言い放つと斉木のもとから去っていった、恵藤が去った後しばらく斉木はその場に留まり、手に持っていた封筒の中身を取り出した、「こんな分厚いの一体どこから」斉木は中にあったファイルを取り出すと、「 ! 」その資料に驚愕してしまい、ついファイルを床に落としてしまった、無造作に床に散らばる資料を斉木は直視する事が出来ず、心臓がゾクゾクと高鳴っていく気を感じた、拾おうと手を伸ばすと身体が勝手に震えてしまう、「何してるんだ冴木?」散らばる資料の上で困惑している斉木の姿を不審に思った同僚が変わりに資料を拾い集めた 「すまん、助かったよ」斉木は同僚に苦笑を見せその場をやり過ごした。
3日後斉木は父親の十三回忌の為、実家の宮城県松島町へと帰っていた、午後になると斉木や親族達は皆黒服のスーツでお坊さんのお経を聞いていた、長い長文のお経を読み続ける坊さんに母親は目を閉じながら耳を澄ました、斉木も目を瞑っていたその時、ふと目を開け反対側に置かれてある空いたままの椅子に目を向けた、親族達の間に置かれてあるその椅子はすぐに斉木は理解した。
「本日はありがとうございました、」やがてお経が終わるとお坊さんが帰られるのを見届けながら、斉木は親族達の所に並んだ、式場の入り口に止めてある車両にお坊さんは乗り込むと、軽く母親に会釈して車を走り出した、五分後には母親の挨拶を終えて帰る親族の姿があった、「じゃー母さん俺もう帰るから」
「ちょっとまちんさい孝也、一度家に帰ってきなさい」母親が故郷を出ようとする斉木を足止めするかのように家に帰ろと促した、「いや、また今度にする」キッパリと断ろうとしたその時、二人のもとへ近づいてきたスーツ姿の男が母親に話しかけてきた、「昌子さん、ご無沙汰しております、大友です」そう話すと母親は笑顔で反応した、「悠太君こんなところでどうしたの!?」その大友という人物は以前母親から耳にした事がある、難しい裁判を勝ち続けていると噂の片岡法律事務所の弁護士だ、見た感じだと年齢は自分と同じくらいだろうと感じた、「もう十三回忌ですか、時が経つのは早いですね」大友は空を見上げそう呟いた、「悠太君は初めましてだよね、こちら次男の孝也です」斉木は浮かない顔で頭を下げた、「初めまして、お兄さんの弁護人を勤める大友 悠太と言います」笑顔で大友は挨拶を交わした、「弁護人って?」ふと母親の方を振り向いた、母親は孝也の目線を会わすことなくその後も大友と話し続けた。
夕方になりようやく実家へと帰ると、すぐに孝也は母親をリビングのテーブルへと座らせた、「母さんどういうつもりだよ!あの人、」斉木は眉間に皺を寄せ母親に問い詰めた、「どういうつもりだもなにも弁護士さんじゃない」 「母さん未だ信じてるのか、正夫のこと」斉木は怒りが込み上げるかのように強い口調で話した、「当たり前です!あの子は決して殺人犯なんかじゃない」母親はついに抑えていた感情を息子の前で口にした、「兄貴のせいで今までどんな苦労をしてきたと思ってる、俺は東京では名前を改名して過ごしてるんだぞ!」斉木の怒りはコントロールが効かなくなり母親に言い放った、「孝也!たった一人のお兄ちゃんをどうして信じようともしないのよ!、私はあの子がどんな罪を犯そうが私の息子にはかわりない」母親は涙目でそう話した、「あいつは死刑判決を浮けたと聞いた、あの日山本さんを殺してなければ」そう呟くと斉木は家から出ていってしまった。
暗く帰りの夜道を運転する自動車に乗った斉木は、じっとハンドルを握り締めた、「あぁー!クソ、」懐かしいこの道を見ていると楽しく過ごしていた少年時代と地獄へと転落していった記憶とが相まって、落ち着いていられなかった、そして母親が言い放った言葉がどうしても耳から離れなかった、「たった一人のお兄ちゃんをどうして信じようともしないのよ!」耳の中にどんどんとへばり付いてくる、「あぁー、黙れ黙れ黙れ!」すると自動車は急にクラクションを鳴らし急ブレーキした、粗い息が斉木を襲っている、ハンドルを離して背中をシートに倒すと一息吐いた、「一度追って見ようじゃないか。」
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