善人

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善人

快晴な太陽の光が差し込む病院の屋上へと移動した二人は、どこか懐かしく物寂しい雰囲気が、二人の間で漂っていた、斉木は不安を惑わすために煙草を一本吸い始めながら外の景色を眺めた、「ちゃんと面と向かって合うのはあの日以来よね」屋上に設置されたベンチに腰掛けた志乃の最初の会話はそれだった、「う、うん、そうだな…」少し斉木はおどおどしながらも、気持ちを切り替えるため煙草を一度手に取ると後ろを振り向いた、「突然ですまなかったな、話というのは」 「お母さんはまだ元気にしてるの?」志乃は柔らかい笑顔で斉木の話を遮って問いかけてきた、一瞬沈黙があったものの斉木は笑顔で応えた、「相変わらず元気だよ」二人の間には少し穏やかな時間が流れた、その風景はかつて幼少期の頃のように、楽しい時を過ごしていたあの時間に戻ったようだった、二人は懐かしい思出話を笑いながら語り合い時間が過ぎていった、「フフ、全く変わってないな君は」   「孝也君こそ、」 すると志乃は何かを思い出したかのように突然笑顔が消えた、「ところで私の所に来た理由は、あの事でしょ」そう告げると志乃は引きずった病院に変わった、斉木は志乃が心の中で何を思っているか、理解はしていたが心境は複雑であった、「実は今ここの新聞社で働いてるんだ、単刀直入に言う、あの日の事件について何か教えてくれないか?」斉木は申し訳なさも感じながら聞き入るように、志乃に問いかけた、「ごめんなさい」 それが志乃の返事であった、「ようやく事件のトラウマから解放されてきたの、今さら事件の事なんてほじくりかえさないで!」志乃はさっきの表情とは一変して怒りの様子をみせた、「ご、ごめん、辛い記憶を思い出させろなんて、俺がどうかしてた」そう話すと斉木は志乃に頭を下げて詫びた、すると志乃は腰掛けていたベンチから突然立ち上がり、斉木の横に立つと青い空を見上げた、「本当に正夫兄は優しい人だった、今でもあの人の顔が思い浮かぶ事が、時々あるの」 斉木は志乃の話に耳を澄ませた、「ねぇ、どうして私の家族を壊したのよ?」ふと斉木の方を振り向くと志乃の目からは涙が溢れていた、斉木は動揺しながらも志乃にかける言葉がどうしても浮かばなかった、「山本さんー!すぐに来てください」屋上のドアから若い女性看護師が志乃の名前を呼んだ、「もう行かないと、」 「待ってくれ志乃!」どうにか志乃が去ろうとするのを止めようと腕を掴むも、斉木は咄嗟に手を離してしまった、「会えてよかったわ、」そう告げると斉木の元から去っていた。 夜のデスクで背中に持たれる斉木は、午後に聞いた志乃の言葉が何度も脳内で再生されていた、 「どうして私の家族を壊したの?」 「正夫兄は優しい人だった」斉木はその言葉を繰り返し思い出しながら頭を抱えた、兄との思い出は楽しかった日々よりも遥かに、逮捕された辛い思い出の方が鮮明に覚えている、兄のせいで弟はこんな人生を送るはめになったのに、何故か志乃が口にしたその言葉に斉木は頭が離れられない、「お疲れ様です、」そんな中、記者の前川が社内にでる前に斉木に挨拶してきた、「山本志乃の件残念でしたね、」 「あぁ…やっぱり過去の事件を今さら探ったって、結局は被害者が苦しむだけじゃないのかな」   「でもそれが私達の仕事ですからね、」前川は余り深入りせずに、斉木に軽く挨拶すると社内から出ていった、しばらく斉木は作業を止めて目を瞑りながら考え込んでいると、それをお構いなしに編集長の恵藤が斉木のデスクに分厚い資料を置いてきた、「バン!」分厚い紙がデスクに置かれる音ともに慌てて目を開けると恵藤がニヤリと笑みを浮かべながらこちらを見ていた、「冴木君、山本志乃の証言は後回しにして、明日から直接事件の現場に行ってきて頂戴」  突然の命令に斉木は思わず驚いてしまった、「明日ですか?」本当かどうか確かめるためもう一度恵藤に問いかけた、「えぇ、頼んだわよ」そう応えると恵藤は軽い笑顔で斉木の肩を叩いて自分のデスクへと戻っていった、斉木は困惑しながら肩を下ろすように、椅子へともたれこんだ。
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