青い糸

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青い糸

「はぁ…………」  井戸の水を汲みながら俺は、昨夜の痴態を思い出して何度目か分からないため息をついた。昨日初めて二人に抱かれた。  セックスは未経験で、他人に触れたこともほとんどなかった俺ができる仕事ではないと思っていたし、酷くされてボロボロになるのではと思っていた。  媚薬を使われたのは自分が自分ではなくなるような怖い体験だったが、そのお陰もあってか、初めての行為への抵抗や恐怖はなかった。多分特有の痛みも緩和されていたのかもしれない。ミランに抱かれたあとはシオンで、またミランが入ってきて、その後にシオンが……。  いつ終わるか分からない行為が続いて、ついに空が白み始めたくらいで、俺は限界を迎えて完全に落ちてしまった。  痛みなどは通り越して快感しかなかった。こんなものを知って、忘れることができるのか恐ろしくなった。  そして、兄弟でありながら愛を交わす同じ容姿の二人の姿。それが目に焼き付いて離れなかった。  気がつくとベッドの上に一人で寝ていて、体は綺麗にされて服も着せられていた。  まるで夢でも見ていたのかと思うくらいだった。しかし、体勢を変えたとき、中からどろっと出てくる感覚がして、昨夜の情交の名残だということが分かった。  一人で赤くなって顔を布団にうずめていたが、よく見るともうすっかり陽が高くなっていた。  起きたのはお昼過ぎという大寝坊だったが、のそのそ部屋から出てきた俺に、ジェイドは何も言わず食堂でなにか食べてくださいと言ってくれた。  お勤めご苦労様というようなニュアンスを感じた。 「ユーリ、まだ水汲みは終わらないのですか?何時間やって…………」 「うわっ!!」  井戸の縁に腰掛けていたので、突然ジェイドに話しかけられてバランスを崩してぐらぐらと揺れてしまった。  そこを走ってきたジェイドが腕を掴んでくれてなんとか助かった。危うく中に落ちてしまうところだった。 「気をつけてください!縁に座るなんて危ないことをして!中は深いのですから落ちたら上がれませんよ!」 「すっ……すみません」 「…………突然声をかけた私も悪かったです。怪我などされたら大変です。どうか気をつけてください」 「は……はい」  体がだるかったが、なにかしていないと色々考えてしまうので、水汲みがやりたいと自分からお願いしたのだ。  井戸の中は確かに底が見えないほどの深さだった。それを見て俺はぶるりと体を震わせた。 「そうだ、さっき見つけたけど向こうにも井戸がありますよね。あれは…………」 「あれは枯れ井戸です。今は使われていないので、危険なので決して近寄らないようにしてください」 「はっはい…………」  俺の話を遮ったジェイドはいつも通り冷静に見えたが、妙に暗い目をしていた。余所者にあまり、うろうろされて怪我でもされたら、自分の責任になると思ったからだろうか。  迷惑はかけたくないので、俺は言われた通りにしようと心の中で繰り返したのだった。  □□  二人に繰り返し抱かれてから、ミランはすぐに領地の視察に行ってしまったので、屋敷にはシオンが残った。仕事は忙しそうだがいつの間にか、戻ってきているというのがよくあった。  屋敷にいるとだいたい俺を呼び寄せて、仕事の手伝いをさせるというのがここのところ続いている。  手紙の整理は俺の仕事になったらしく、今日もまた籠一杯の手紙の山を渡された。 「レモリア・コディアン、レモリア・コディアン、あっこれもだ……レモリア……レモリア」 「うるさいぞ、ユーリ。その名前を連呼するな」  担当してからいつも同じ女性からの手紙が来ているのでもう名前を覚えてしまった。 「一度お会いしてから忘れられませんと書いてありますね。他、十通ともだいたい同じ内容です。あの熱い夜の貴方は幻だったのですか…………」  シオンは飲んでいた紅茶を噴き出してゴホゴホとむせた。 「ばっ…バカか、そんなところまで読まなくていい!一度だけと懇願されて相手をしただけだが、それ以来付きまとわれて困っているんだ」 「そんなに思ってくれる相手がいるなんて、幸せなことじゃないですか」    理解できなくてぽかんとした顔でシオンを見つめていると、気まずそうな顔をしていたシオンだが、スッと体温が下がったような冷たい目になった。 「……幸せね、こんなものが幸せなら俺はいらないよ。俺のことなんて何も知りもしないくせに、好きだのなんだって……、よくもまぁ言えるものだ……」  ミランも似たようなことを言っていたので、さすが双子だなとまた思ってしまった。 「お二人はモテますでしょうから、確かにこういった誘いばかりで、うんざりされるのかもしれないですね。でも俺は手紙を送るレモリアさんの立場に近いからつい彼女に感情移入してしまいます……。返事が来ない手紙を書き続けるのは寂しいものです……」 「…………ほぉ、手紙を交わすような相手がいるのか…………」  声色に若干不機嫌そうな色が含まれていたが、妹のことを思い出した俺は嬉しくなって、はいと言って微笑んで頷いた。 「ずいぶん会っていませんが……、俺はジュリアに会うことを夢見ていままで頑張って生きてきたんです」  シオンとはずいぶん打ち解けたと思ってしまった俺は、ついジュリアの名前を口にしてしまった。 「…………ユーリ、こっちへ来なさい」 「はい…………」  急に態度が冷えたことを感じて不思議に思いながら、俺は椅子に座っているシオンのそばへ行くと、足元に座るように言われた。 「俺のを舐めて、立たせるんだ」  ずいぶん急だが、仕事が始まったのだと気を引き締めて、俺はシオンのズボンに手をかけた。  シオンのぺニスは柔らかい状態にだったが、手で握って口の中に入れて舌で転がすように舐めると、だんだんと硬度が増してきた。特に亀頭の部分を強く吸うように舐めるとシオンのぺニスは一気に硬くなり反り返って立ち上がった。  口の中に入れるのが大変な大きさになったら、舌を使って丁寧に舐めて、先端を口に含んで手も使ってしごいていく、前回シオンに教えてもらった通りに実践した。 「…………ずいぶん覚えがいいじゃないか。この間教えてやったのが気に入ったのか?それとも男のくせにコレが好きなのか?ほら、もっも奥まで入れろ、こんなんじゃ俺はイケない」  覚えたての口淫では満足できなかったのか、シオンは喉の奥に届くかというくらい、俺の頭を掴んで怒張を突き入れてきた。 「っん……んんぐっ!!」 「ここにいる間はユーリは俺たちのものだ。他のやつのことを考えるなんて許さない。俺の前で他のやつの名前を口にするな、男も女も……」  なにやら勘違いされていると思ったが、口いっぱいにシオンのものが入っていて否定することもできない。  それでも違うと言おうとして喉の奥を開いたら、その奥までシオンは侵入してきて俺の頭を掴んでめちゃくちゃに抜き差ししてきた。お陰で鼻水が止まらないし、涙で顔はぐしゃぐしゃになった。  しばらくすると口の中でシオンものはぶるりと震えて熱い精を放った。口内に苦味と青臭さが広がったが、出してはだめだと言われているので俺は涙を流しながらなんとかそれを飲み込んだ。ゴクリという音が濃厚な空気に包まれた部屋に響いた。 「…………全部飲んだな。いい子だ。ご褒美をやろう、ユーリ、ズボンを脱いで壁に手をつくんだ。あれは持っているな」  シオンのものを飲み干してとろけた頭だったが、俺はズボンを脱いでポケットから小瓶を取り出した。男同士の性交で使われる潤滑剤で予めジェイドから渡されていた支給品だ。  それを手に取ったシオンは指に塗り込めた後、手際よく俺の後ろに塗りつけてきた。  女性のように自分から濡らすことが出来ないから、自分を守るためにも必ず持っておくようにとジェイドに言われていた。 「はっ……はぁ……はぁ……んんっ……あっ……」 「三人でヤってから自分で弄っていなかったのか?だいぶ柔らかくなったが、まだまだ狭いな……ここは……」 「あっ……入って…………んんっ……あっ!」  後孔を指で広げたシオンは自身をあてがった後、遠慮なく入ってきた。  前回の媚薬を使われた時の快感とは違う、重苦しい圧迫感があったが、潤滑剤のおかげか強い痛みを感じることなく、シオンの全てを飲み込んだようだった。 「くっ……全部入ったぞ……。全く男を誘う体をして……。よく今まで無傷で生きてきたな……。田舎で何をしていたんだ?」 「あっ……んっ……遊んで……くらし………あああっ」  しばらく馴染ませるように抜き差ししていたが、一度引き抜いてからぐっと中に突き入れられて、俺ははしたないくらい大きな声を上げてしまった。 「俺達は素性のよく分からない人間を家には置かない。田舎で遊んでいたという言葉が気になってな……。すでに調べている。だいたい田舎に遊ぶところなんてないだろう。本当はどこにいたか……、自分の口で言うんだ」 「…………んっ…………だ……め……………」 「子爵め、相当金に困っていたらしいな……。甥を田舎に追いやったと思ったら、次は働かせて金を搾り取るとはな……、さぁユーリ、俺達に嘘をつくことは許さない、ちゃんと言いなさい!」  強い口調と同じように、シオンの動きもまた激しいものになった。激しく突き入れられて、深いところに入ったらグリグリと腰を押し付けて動かされるとたまらない快感に意識が飛びそうになった。 「ああああっ……ぐっ…………、きょ……村の……教会に……お……お世話に…………」 「そうだ、イザベル教会だったな……。これであの荒れた手足と痩せ細った体の説明もつく。それで……、どうして俺達に嘘をついた?」 「……お……叔父とのことで……、揉め事を……嫌われて………仕事をもらえなかったら……こま……る……、お金……ないと……」  シオンの激しい抽挿に足に力が入らなくなって、俺は壁に掴まりながら強烈な快感に必死に耐えていた。すでに喘ぎすぎて声は枯れ始めていた。 「どうして……そこまでするんだ……、子爵にひどい扱いを受けながら……どうして……」  余裕たっぷりに俺を責め立てていたシオンの息も上がってきた。顔を見ることはできないが、耳元に感じる息づかいに、シオンの限界が近づいているのだと分かった。 「お……かね……なくて………おどされ……、いもう……と、売るって……いわれた、いも……ジュリアを」  その名前を聞いたシオンはピタリと体を止めたが、何も答えることなくすぐに激しく腰を動かしてきた。 「あっ……も……だめ……でちゃ……、シオン……さま……」 「………………ユーリ……ユーリ…………くっっ!!」 「ああっ!!」  お腹の奥に熱い放流を受けて、俺も壁にぴゅうぴゅうと白濁を放って達した。  昨夜あまり寝れなかったので、一度達しただけで、視界がぐらぐらと揺れて崩れ落ちた。 「ユーリ…………すまなかった」  薄れゆく意識の中で、シオンの声が聞こえた気がした。おでこに柔らかい感触を感じて、それがキスであったら嬉しいと思いながら闇の中へ落ちていったのだった。  □□  ガタンと音がして、泥のような眠りから意識が浮上していった。足音が近づいてきて、おでこに温かい感触がした。  遠い昔、大丈夫よと優しい声で歌うように、俺のおでこを撫でてくれた人を思い出した。  温かくて優しい記憶に包まれて俺はゆっくりと目を開けた。 「……ごめん。起こしてしまったね」  その柔らかな眼差しで誰であるかはすぐ分かった。 「帰ってきたんですね、ミラン様」 「うん。…………ユーリは一目見ただけで俺達が分かるの?」  すでに薄明かりだけ灯された部屋は、最初に見つけた違いである口許のほくろを見つけることはできない。それでも喋り方や二人の醸し出す雰囲気からなんとなく判断がついていた。 「…………お二人、見た目はそっくりですけど、結構違いがありますよ。言葉では言い表せないですけど」 「なにそれ……、困るなぁ。見分けがつかないようにしているのに」 「どうしてですか?」 「時々お互いを装ってみるとさ、周りの人間の意外な本音が聞けたりするからさ……、昔からたまにやっているだ。そのクセが抜けなくて今でも同じ格好をしているし……その方が落ち着くんだ」  特別な繋がり、という言葉を思い出した。二人がそれで上手くやってきたのなら、俺が口挟むことなどない。そうですかと静かに納得した。 「…………、シオンが珍しく落ち込んでいたよ。勘違いしてユーリを責めてしまったって……。ひどくされたの?」  俺は頭を振って、ミランの問いに答えた。 「俺が曖昧なことを言って言葉足らずだったんです。それに……優しく……してもらいましたから……だ……大丈夫です」 「そう……。ユーリは可愛がってもらったんだね。良かった」  ミランは優しく俺の頭を撫でながら笑っていた。その手が頬を滑り落ちて唇を弄り出したので、されるがままになって俺はミランを見上げていた。 「三人でした時、俺達がキスしているところ見たでしょう。気持ち悪かった?」 「………い……いいえ。ビックリはしましたけど」 「本当に?今までの子達は引いていたよ。自分の前ではやめてくれなんて言ってくるやつもいたし……」  行為の最中に二人が求め合うことには驚いたし、目に焼き付いていて離れなかった。だが、きっとそれは二人にとって意味のあることで、特別な繋がりというのを、俺がどうこう言える問題ではないというのは分かっていた。 「確かに、いきなり全てを受け入れろというのは難しいですけど……。二人にとって意味のあることなんですよね……。そんな、風に心の繋がりを持てる相手がいるってことは……、俺には羨ましいなと思いました」 「…………本当に?理解してくれるの?」 「え?あ……いきなり全面的、ではないですけど……」  ミランは嬉しそうな顔をしてベッド入ってきて、俺にしがみつくように抱きついてきた。急にどうしたのかと思ったが、ミランの腕がわずかに震えているのを感じて、俺はその腕にそっと手を添えた。 「……それでもいいんだ。俺たちのこと、少しでも分かってくれる人が欲しかった。ユーリがそう言ってくれて嬉しい……」  俺より体も大きくて力もあるのに、ミランはやけに小さな子供のように思えた。だからそのままミランが小さな寝息をたて始めても、動かずにずっと同じ格好でいた。  俺なんかには考えが及ばないような事情を感じたが、いつか話してくれる日が来るのだろうか。  子供のようなミランの胸の中で、そんなことを考えながら俺は目を閉じたのだった。 「本当、早とちりし過ぎなんだよね。女の名前が出ただけて頭に血が上るなんて……。よほどユーリのこと、気に入っているんだね」 「…………、勘違いしたのは悪かったが、別に気に入っているわけじゃない」 「またまたぁー、素直じゃないよね。本当は二人で調べたことを一緒にユーリに聞くはずだったんだよ。というか、俺が仕事のついでに現地まで言って、ちゃんと見聞きしてきたんだから!待っていればいいのにさ」  久々に二人仲良く帰宅したミランとシオンと一緒に夕食をとることになった。シオンに会うのは久しぶりで、早速こじれていた話題を切り出された。  どうやら、ここへ来た事情は二人にもうすっかり調べられていたようだった。面倒事は嫌がりそうなのに、二人は俺をクビにするとは言わなかった。それが、どうも不思議で仕方がなかった。 「ルピアに行かれたんですか……?」 「ああ、本当……ビックリするくらい何もないところだったよ。住んでるのは年寄りばかりだし、教会に数人の孤児がいたけど、みんなすぐに村を出ていくみたいだな。まじめに残って手伝いをしていたのはユーリくらいだったって……。牧師が言ってたけど、物静かでいつも一人でいる子で、淡々と仕事をして暇があればいつも教会の入口を眺めていたのが印象的だったってさ」  田舎で遊んでましたってよく言えたもんだと、感心するようにミランは頷きながらそうこぼした。 「俺は……クビですか?嘘もついたし、面倒事を背負っているし……」 「そんな事を聞いて放り出すほど俺達は悪人じゃない。いいか、俺達が渡す金を子爵に全て送るのはやめろ。自分の元にも残しておくんだ。お前はバカ正直過ぎる、世の中を賢く渡っていく方法を覚えるんだ」 「はい……」  シオンの口調は荒っぽかったが、俺のためを思ってくれていることが伝わってきて、目の奥からじんわりと熱いものが込み上がってきた。 「ありがとうございます。俺、一生懸命働きます」 「…………それについて、頑張れと俺は言いづらいのだが…………」 「ユーリ!かわいいー!いいじゃん!頑張ってもらえるなら大歓迎だよ。これから一緒に寝ベッドへ行こう!」 「ミラン!お前……、毎日ヤってまだ足りないのか?ユーリの負担も考えろ」 「分かったよー、今日はくっついて寝るだけにするから」  仕事、という面では最近の俺は忙しく働いている。最近のシオンは帰りが遅いので、もっぱらミランが担当だが、毎日のように夜に呼ばれて抱かれていた。  分かっていたことだが、俺はこんなことを仕事と割りきって考えられるタイプではなかった。  体を重ねる度に、気持ちが溢れるように二人に向かってぼたぼたと落ちていくのを感じていた。しかし、何も考えないように心に蓋をしている。いつか飽きられてしまうのだから、雇用関係によけいな感情を持ち込むような人間は二人に拒否されてしまうだろう。 「はぁ……ユーリの抱き心地最高なんだよね」  夕食後、体を洗い終わるとすぐ言われた通りにミランの部屋に行った。  ミランは俺を抱き枕のようにして眠るのが好きらしく、最近はよく眠れるからと呼ばれてこのベッドで一緒に眠ることが多い。  今日もベッドの中でミランに抱きしめられながら胸の中に収まっていた。この場所に慣れてしまい心地好く感じていた。 「シオンは否定していたけど、ユーリを気に入っているのは本当だよ。あいつは女も抱けるから、適当に遊んでいたけど、最近イヴリンの誘いを断っていたから」 「女性の誘いを……ですか?」 「そう、イヴリンは未亡人でお互い後腐れなく遊べる相手で、彼女の誘いはだいたい受けていたのに……。シオンはああ見えて器用じゃないから」  何が器用でないのかよく分からなかったが、俺はずっと不思議に思っていたことをミランに聞いてみることにした。 「お二人は……愛し合っているのですよね……。他の女性とその……気にならないのですか?」  もともと理解できないことなのに、聞いて理解できるとも思わなかったが、どうしても気になってしまったのだ。じっと見つめる俺を見て、ミランはクスリと笑った。 「確かに俺達は愛し合っている。でもそれは、どちらかと言えば家族愛に近いものなんだ。お互い挿入したいとは思わないし、できるのはキスまで、かな。それでも繋がりたいと思うから、ユーリのような他の人間を交えたら、体も心も繋がったように思える……。単純な性欲を処理するためなら、お互い誰と遊んでもいいんだ」 「……家族愛……ですか」 「……多分、最初は単純にそうだった。でも……それを歪ませたのは俺なんだ」  ミランの目は悲しげに細められた。泣いているのかと思ったけれど、涙は出ていなかった。それでも、心に出来た痛みに必死に耐えているような顔をしていた。  シオンに比べて、ミランはどうも幼いように思えていたが、初めて見るその顔は深い傷を負って生きてきた人間の顔に見えた。  その悲しそうな表情の意味を聞きたかったけれど、そこまで触れていいものなのか俺は迷った。俺だって話せないことはある、傷をえぐるようなことはしたくなかった。  だからミランの悲しそうな顔を少しでも変えたくて、もそもそとベッドの上に移動した俺は、ミランのおでこにキスをした。 「ユーリ……?」 「俺、泣き虫で……、よく泣いていると、母に……慰めてもらっておでこにキスをしてもらったんです。温かくて嬉しい気持ちになったんです。ミラン様、涙は出ていないけど、泣いてるみたいだったから……少しでも元気が出てほしくて……」  おでこのキスを受けて、目を開いて驚いたような顔になったミランだったが、キスの意味を分かってくれたのか、少し頬を染めながら嬉しそうに微笑んだ後、ガバッと包み込むように抱きしめてきた。 「……嬉しい。ユーリ、ユーリ!」  どうやら思った以上に喜んでくれたらしく、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめて、頭にお返しのように何度もキスをしてきた。  おでこへのキスなんて、子供の頃に何度もされているだろうと思っていたので、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。 「あぁ……ユーリ。やっぱり今日も欲しいよ……。だめ?」  俺を抱きしめながら、ミランの息が上がって興奮しているのが分かった。それが分かると俺の後ろもうずいて、ミランを求めているのを感じた。もう、すっかり体が作り替えられてしまったみたいだった。 「……いいですよ。俺もミラン様が欲しいです」 「……ユーリ………俺の………ユーリ」  まるで恋人同士のように求められているみたいだった。誰かに求められたことなどない。孤独と戦ってきた俺にとって、こんな甘い言葉は痛いくらいの強い毒だ。  つかの間の夢なんかじゃ足りない。  体も心もぼろぼろになるくらい蝕まれて、夢から覚めたらきっと壊れてしまう。 「あぁ……い……いい、……き……もち……いい……」  俺の後ろをぐずぐずにとろけさせて、ミランは後ろからゆっくり挿入してきた。 「ユーリのなか……熱くて、このまま溶けそう……」  ミランはしばらく動かずに俺の中を楽しむかのようにじっとしながら焦らしてくるので。俺がたまらず懇願しながら後ろにぎゅっと力を入れるとミランは欲しがりだなぁと言って笑った。 「もっ……と……、突いて……いっぱ……ミラン……、突いてぇ……」 「あぁ……可愛いユーリ……だめだよ、そんなに煽ったら……」  ミランが俺の望み通り抽送を始めてくれた。緩急をつけて突かれる度、俺はシーツに顔をうずめながら快感に喘いだ。  ミランは優しい、さんざん焦らしても最後には欲しいものをくれる。シオンだって同じだ。態度や言葉は時々強いけど、俺のことを考えてくれてちゃんと答えてくれる。  ここにいる時間が、二人から愛される時間が長くなればなるほど全てを失ったときのことが恐ろしくて仕方がない。 「ユーリ……もう……だめだ……イクよ」 「んっ……俺も…………、ミラン……きて、おナカ……いっぱいに……し……て……」  熱でとろけた頭でミランの名前を呼んだ。それに答えるように激しく腰を動かして、やがてミランは俺の最奥で爆ぜた。どくどくと注ぎ込まれる熱を感じながら、俺はこれが夢だということを痛いほど感じていた。  願わくばもう少しだけ幸せな夢を見ていたかった。  いつか夢から取り残されて、荒れ地に独り立たずんでいたとしてもそれでよかった。  壊れてしまえばいい  冷たい現実などいらない  二人が与えてくれる夢の終わりはきっと、全ての終わりなのだと俺は悟ったのだった。  □□□
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