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唐突に男の声が降ってきて、睨んでいた携帯の画面から顔を上げる。
「最近、姿を見ないがどうしたんだ?」
長身眼鏡の男――飛田は許可もなく私の前の椅子に座った。
「姿を見ないって、辞めるときに一応、挨拶したんですが?」
「そうだっけ?」
軽くとぼけた彼がコーヒーカップに口をつける。
それに苦笑いともつかないため息をついた。
彼はいつもそうなのだ、自分の研究以外に関心がない。
私が勤めていた会社は製薬会社で、飛田はそこの優秀な若き研究員だ。
研究の事務補助的部署にいた私は当然、飛田と面識がある。
彼は私を名前の市子で呼び、自分の事務作業を私によく押しつけてきた。
なのにもう辞めてひと月ほどがたとうとしているのに気づいていないのはさすがというか。
ちなみに私が二十六、飛田が二十七とひとつしか違わないので、気安い仲だ。
「なんで辞めたんだ?
イチコがいないと俺、困るんだけど」
お昼がまだだったのか、もう三時も過ぎたというのに飛田はスモークサーモンサンドをむさぼり食っている。
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