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「俺のこと…覚えてる?」 「……………残念ながら。」 白い天井、白い壁、真っ白なシーツ。 ………典型的な記憶喪失ってやつか。 ガッツリ隈ができたこのひとは、きっと私の大切なひと。 でも。 なにも、覚えていない。 きっと忘れちゃダメなひと。 それなのに。 「…………ごめん、行かなきゃ」 「…え?」 「俺、行かなきゃ」 遠くを見つめるその瞳に。 澄み切ったその瞳に。 私はもう映らないのか。 映ることは、ない、のか。 「はい、これ」 「え………」 そう言って差し出した右手には、四角い小さな箱。 「いつになってもいい。もう、思い出さなくてもいい。………でも、」 「俺は、いつまでも待つから。」 逆光の朝日に照らされる彼の顔。 …………そんなの、ずるいじゃないか。 いきなり現れたくせに。 ………もしかして、そうやって色んな女を落としてきたのか? …だとしても、そんなの関係ない。 自惚れてやるよ、イケメン。 「私もついてっていい?」 目を見開く彼。涙が一筋流れる。 「ホントに………?」 ………さっきの威勢はどこ行った。 …でも、こんなちょっとヘタレなところも、過去の私は好きだったんだ。 いや、好きなんだよ。 「もちろん」 白い天井、白い壁、真っ白なシーツ。 そして、牛乳瓶に挿された一輪の桔梗。 「白桔梗 君とあゆみし 初秋の 林の雲の 静けきに似て」 一緒に、また。
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