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ー第5章 不可解な病ー
あれから月日が経ち、この水のない都市シュプーラに謎めいた病が広がった。その病は感染力がとても強く、一度感染すると高熱が何日も続くと言われていた。シュプーラに住む人々は次々と倒れ、墓場には多くの屍が山のように積み上げられていった。
その病は宮殿の侍女や踊り子にまで感染が広がり、とうとう女王マリテーヌの身体までをも襲った。
女王の間の1番奥には薄いベールに覆われたベッドが置かれ、その中でマリテーヌが汗をかきながら苦しんでいた。マリテーヌの身体は数日の高熱で激しく脱水し危険な状態だった。宮殿にいる多くの侍女たちは、マリテーヌを病から回復させる事ができず慌てふためいていた。
苛立つキメラは自分の部屋にジロデを呼び出し、
「ジロデ、ジロデをここへ!」
「はい、キメラ様。 わたくしはここに」
ジロデはキメラの部屋に入り、急いで膝を折りお辞儀をする。キメラはマリテーヌの医療担当であるジロデに、この病について問いかけた。
「ジロデ、マリテーヌ様をこの病から救う手だてはないのですか?」
「キメラ様、私もあらゆる書物を読み治療法を調べております。 しかし我がシュプーラでは、この病を克服するのは困難かと思われます」
それを聞いたキメラはジロデを上から睨むと、
「無礼者! そなたはマリテーヌ様を見捨てるつもりか!」
キメラは立腹し黒い杖を床に叩きつけると、ジロデは恐ろしくなり頭をさらに下げた。
「申し訳ございません! キメラ様のお気持ちは重々承知しております。 今は病に効く薬はありませんが、ただせめてマリテーヌ様の脱水状態を何とかしなくてはなりません」
「と言うと、マリテーヌ様に必要なのはあの水ということですか?」
「はい。 しかしこの乾ききったシュプーラで水を手に入れるには、多くの草木や農作物から水分を取るしかありません。 それを都市中から全部かき集めてしまったら、きっとシュプーラの人々は全滅するでしょう」
「では、どうしたら?」
「私に考えがあります。 この私が今からシュプーラの外に出て噂に聞くオアシスを探し、そのオアシスの水を持ってきたいと思っています」
「そなたが、そなた自身でオアシスを探しに行ってくれると言うのですか?」
ジロデは深々と頭を下げ、自分の胸に手を当てながら、
「私は女王マリテーヌ様の為なら、喜んでこの身を捧げましょう」
「ジロデ、よく言いました。 ではそのオアシスの水で一刻も早くマリテーヌ様を救って欲しい」
キメラは目線を下げ、膝を折ったジロデの手を強く握った。
「かしこまりました、キメラ様。 早速今からオアシスへ行って参ります」
ジロデは深く一礼してその場から立ち去った。
ジロデが部屋で旅の支度をしていると、ユラが慌てて部屋に入って来た。
「ジロデ様、宮殿の中では噂が広がっております。 誰も見たことがないあのオアシスに、ジロデ様が行かれるというのは本当ですか?」
「はい。 私は一刻も早くマリテーヌ様にオアシスの水を差し上げなければならないのです」
「オアシスがどこにあるか知らないのに、ジロデ様はどのように探されるのですか?」
「ユラ、大丈夫です。 昔読んだ書物には『世界は南方より黒い煙に包まれ、やがて天から水が滴る』と書いてありました」
「その黒い煙のようなものとは一体何ですか? しかも天から水が滴るなんて」
「私にも何のことか分かりませんが、とりあえずシュプーラを出たら南方へ行ってみたいと思います」
ユラはジロデの足にしがみつきながら、
「ジロデ様! 私も、私もお供いたします!」
「ユラ、それは出来ません。 私はキメラ様の命によりオアシスに行くのです。 もしあなたのことが見つかれば、キメラ様から何をされるか分かりません」
「ジロデ様」
「ユラ、あなたのその優しい気持ちが私は嬉しい。 もしマリテーヌ様のご病気が治りこのシュプーラから病が無くなりましたら、またいつか月の時計台で会いましょう」
そう言いながらそっと優しく抱きしめると、ユラはジロデの胸の中で一粒の涙を流した。
シュプーラを囲む城壁にはいくつか大きな扉があり、南方にある1つの扉が重い音を立てながらゆっくりと開いていく。
「開門! 開門!」
城壁の扉が開くと、シュプーラの外はまるで黄金色の煙りに包まれたような砂漠が一面に広がっていた。ジロデはベールで顔を隠し、砂漠の乾いた砂に足を踏み入れた。
「マリテーヌ様、必ずやオアシスの水をお持ちいたします」
ジロデは2人の付き人を連れてシュプーラの城壁から外に出て、まだ見ぬオアシスへと旅立って行った。宮殿の屋上からはキメラが、そして部屋の窓からはユラがジロデの旅を見守っていた。
シュプーラ宮殿の屋根にある『月と風の紋章』の国旗が、砂風で激しく揺れていた。
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