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朝から止むことなく降り続ける雨は、正午を過ぎた今でも勢いを弱めることはなかった。今日は日曜日。僕は、いつも通り昼食を買うためにアパートから一番近いコンビニにビニール傘を差して向かった。
僕は別に雨が嫌いな訳ではない。水を感じさせてくれる雨音は、何故か心が洗われるような感覚がして、子どもの頃から好きだった。
コンビニまでは歩いてものの5分。12月ということもあり、それなりに寒い日だが、横着な僕は、ダウンジャケットを着てごまかそうと、下は部屋着用の薄着の半袖シャツ一枚で外に出た。
やっぱり寒いじゃねぇかと自分に文句を言いながら早足でコンビニまで向かっていると、僕は視界に入ってきたものを無視できずに足を止めた。
パッと見て6、7歳くらいの女の子が道路の端で傘も差さずにうずくまっていたのだ。しかも、この寒さに対して半袖のワンピース一枚という服装。僕の前を歩く人や、逆方向から歩いてくる人らは皆、何故かこの女の子に視線すら向けずに通り過ぎていた。
…え?もしかして、見えちゃいけないものが見えてるのか?
僕は心拍数を上げながらも、冷たい雨に打たれ続けている女の子を放ってはおけずに、ゆっくり近づき、そっと女の子の真上に傘をずらした。
すると、女の子は雨が止んだのかと思ったのか、埋めていた顔をゆっくり上げてそのまま空を見るように顔を上に向けた。立ったままの僕と目が合った。
透き通るような白い肌とクリッとした大きな瞳が特徴のとても可愛いらしい女の子だった。女の子は僕を見るなり、一瞬驚いた表情をしたが、すぐにニコッと笑った。
「こんな雨の中、どうしたの?お母さんは?」
女の子は首を横に振った。
「お母さんいないの?…お家は?」
女の子はまた首を横に振った。
「…立てる?」
女の子はゆっくり立ち上がった。
「お名前は?」
「…ユキ。」
小さな声で答えたユキは身体を震わせていた。僕はこの寒さから唯一自分を守っているダウンジャケットを脱いで、ユキに羽織らせた。
「…あったかい。」
ユキはダウンジャケットをギュッと掴んで微笑んだ。本来なら外気の寒さに今度は僕が身体を震わせる番なのだが、何故かユキの笑顔を見て寒さを忘れてしまった。
「とにかくお家まで送るよ。このままじゃ風邪引いちゃうし。お家はどこ?」
僕は屈んでユキの視線の高さに合わせて問い掛けたが、ユキは再び首を横に振った。
「…わからない。」
困った僕は、ユキの手を握り、コンビニとは逆方向にある交番に向かって歩き出した。
僕はユキが不安な気持ちにならないように、楽しい話をしながら歩いた。ユキは時々笑顔を見せてくれていたが、すれ違う人たちが僕を不思議そうな目で見ていることに気が付いた。
やっぱり…そうなのか?と僕は考えながらも交番に着くと、中にいた警官に事の顛末を説明した。
「…で、そのユキっていう女の子はどこにいるんですか?」
「…え!?」
僕の手をギュッと握っている女の子が隣にいるよな。見えてないのか?
「あのぅ…。」
「あ、やっぱ大丈夫です!」
僕は頭を下げてユキの手を引き、足早に交番を出ていった。警官が何かを言っていたが、僕は聞こえないフリをして、とりあえず最初に現れた交差点の角を曲がり、警官の視界から外れた。
僕は立ち止まり、屈んでユキの目をじっと見つめた。
「…君は何者なんだい?」
「…ママ…探して。」
僕は答えに困ったが、大きな瞳を潤わながら訴え掛けてくるユキを放ってはおけず、僕は首を縦に振った。
幽霊の母親探しの始まりだった。
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