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「お兄ちゃん、いい男だねえ」
「ありがとうございます」
「あ、あれほら、俳優のナントカってのに似てるよな。ビールのCMとか出てる」
「・・・時々言われますね」
「モテるだろ」
「そんなことありませんよ。・・・正面につけてよろしいですか?」
「あ、もう着いた?うん、正面で」
「○○○円になります」
「あいよ」
俳優のナントカ、というのが誰のことかわからないまま、よく喋る客は機嫌良く降りていった。
タクシー運転手の椿理永は、それはそれはいい男だった。
整った横顔と運転席に座っていてもわかる手足の長さ。どちらまで、と聞く声は女性ウケする低音イケボ。男性客にも誉められるほどの顔面偏差値の高さだが、本人はいたって飄々としている。
「あ~~~~疲れたっ」
休憩に入った椿はタクシーを降りると、腕を突き上げて大きく伸びをした。
「お疲れ~」
同じ会社で働く同僚、吉沢立樹がペットボトルを投げて寄越した。
「立樹~、ラーメン行こ~」
「行く行く」
理永が週に二回は行くラーメン屋。一緒に行くのはだいたい立樹だった。
店は混雑しており、二人分の席がぎりぎり空いていた。並んで座り、理永は塩味、立樹は味噌味のラーメンを頼んだ。
「理永、俺見ちゃったんだよね」
「あ?」
「口説かれてたやん、この間」
「いつ?」
「一昨日、派手な女社長みたいな」
「ああ、常連さんな」
「すげえのな」
「口説かれてはないけど」
「そうなん?」
「そうそう」
「モテる男は辛いね〜」
「違うって」
ちょうどラーメンがふたつ運ばれてきて、会話はそこで途切れた。黙々と食べ続けて、十分ほどで完食した。
コップの水を一気に飲み干して、立樹は理永にこう言った。
「俺さあ」
急に深刻なモードの立樹に、理永は声を出さずうなづいて返事をした。
「結婚しようと思ってんだよね」
「おお・・・」
「やっと金貯まったし」
「うん」
「二年待たせてるし」
「そっか・・・おめでとう」
「ありがと。・・・初めて人に話したわ」
「俺が最初?」
「そう」
「光栄です。式は?」
「来年かな。呼ぶから、来てよ」
「もちろん」
理永と立樹は、年上が多い職場で唯一年齢が近かったこともあり、よくふたりでいることが多かった。訳あって学生時代の友人の少ない理永は、立樹との会話が楽しかった。と言っても喋るのはこうやって昼食を摂る時ぐらいだった。
「理永は誰かいないの?」
理永はゲイである。
立樹は理永のセクシャリティを知っている。知ってなお、偏見を持たずに親しくなった珍しい友人だった。
「特定の相手はいないかな」
「モテすぎるのも困りもんか」
「あのねえ・・・言うほどモテないんだよ」
「そういうもんか?」
「ほら・・・好みってもんがあるだろ。俺は男受けしないタイプなの」
理永はいい男ではあるが、いわゆるゲイ受けする色黒短髪マッチョなタイプとはかけはなれている。新宿二丁目に遊びに行けば、遊ぶ相手には事欠かないものの、それ以上のつき合いに発展することは少なかった。
立樹は頬杖をついて言った。
「顔面偏差値とは関係ないのか」
「・・・らしいね」
「よくわからんな」
「俺にもわからん」
「・・・好きな奴はいないの?」
「・・・なんで今日恋バナ?」
「理永、自分から言わないから、聞いておこうと思って」
「ほおう・・・?」
ラーメン屋を出て、二人は店の裏の喫煙所に向かった。先に来ていた土方の男性が入れ替わりに出て行く。理永は紙煙草に火をつけ、煙を大きく吸い込んだ。同じタイミングで立樹も電子煙草を吸い始めた。立ちのぼるのは紫煙ではなく白い水蒸気。
「立樹さあ」
「ん?」
「なんか・・・俺に探り入れようとしてね?」
「・・・・・」
「バレてるぞ」
立樹はぽりぽりと頭を掻いた。嘘がつけない性分である。
「いや、実はさ、隔日勤務の岸田さんに頼まれて」
「岸田さん?」
「うん」
「何を?」
「怒らない?」
「・・・聞いてみないとわからない」
「・・・その、さ。理永に、見合いを斡旋したいって言ってて」
「見合い?!」
「見合いっつうか、いい子がいるから紹介したいだの何だの・・・俺はちゃんと、そういうのは直接言ってくれって言ったんだけど、会う度しつこくてさ・・・」
理永は少し考えて、にやりと笑って答えた。
「ゲイだからって言えば良かったのに」
立樹はむっとした顔で、理永に向き直った。
「んなこと、勝手に言うわけねえだろが」
「・・・ごめん、冗談」
「岸田さんに言ったところで理解しねえよ。自分の言いたいことしか言わねえし、人の話聞かないし」
「はは、確かに」
「だから俺が何回断ってもだめだったんだよ。そのうち直接言われると思う」
「なるほどね~・・・・・・わかった」
「・・・なんか・・・ごめんな」
「全然。気にすんな」
理永は立樹の背中をぽん、と叩いて笑った。
(まあ・・・そう思われるのも仕方ないよな・・・)
こんな時代でも、独身の人間をどうにかしてやろうという年輩者がいる。妙齢の女性ならまだしも、理永のような一見女性に困らない風の、三十路に差し掛かろうという男に誰かを当てがおうとは、なかなかのおせっかいである。
立樹と別れ午後の業務を始めたが、理永は彼の話をぼんやりと反芻していた。
あと数年で三十になる。見合い斡旋はありがた迷惑な話だが、今の職場での人間関係は大事にしておきたいというのが本心。
いたって普通に暮らし。
この生活を守り、続けていくことが今の理永に
とって最も大事なことだった。
贅沢をしなければひとりで暮らすには十分な収入。休みの日には気分に任せて新宿二丁目に遊びに行く。
それでいいと思っていた。
タクシーを走らせて十分。大きな通りで信号にひっかかりブレーキを踏み込んだ。トラックとバイクの間で、運転席の横のタブレットがピコン、と鳴いた。
理永は手早くアプリを操作して、ウインカーを上げた。
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