花火ふる

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ファーストキスが14歳というのは、世間的に見て早いのか遅いのか桜子には良く分からない。 本題は年齢ではなくキスした相手が誰かである。 中学2年の年末。 海外に単身赴任をしている父親に会いに、母と一つ年下の弟と三人ではるばる海を越えた。 ニューヨークの街に賑やかで行き交うお洒落な服装の多種多彩な人々の幸福そうな笑み。彼等が手に持った新年の贈り物を見て桜子と弟の照の顔がほころんだ。 空気は冷たいが街の明かりは賑やかで温かい。 不安げに桜子の後に隠れていた照が呟く。 「ニューヨークって恐いイメージだったけど、お洒落で幸せそうな人たちばかりだねぇ」 両親は父親の友人が主催するパーティーに出席するために姉弟をホテルに残して出かけた。 二人は、デリで買ってきた焼飯や餃子を食べ、フィッシュアンドチップスとピザを食み、コテコテに甘くてデカいピースオブケーキを仲良く分けてカロリーオフのペプシコーラで流し込んだ。 気が遠くなるほど満腹なのに時差ぼけと興奮で一向に眠くならない。 テレビにはよく分からない英語をしゃべくるMCが興奮気味に『今年のグッドニュースとバッドニュース』をまくしたてて来年こそは全てグッド!と、保障も無いのに嘯きもうすぐ年が明けるのを予告した。 一応、紅白歌合戦も見ることが出来るのだが、ここはNY、雰囲気が重要である。 「ああ、口の中身が甘い!海外のケーキってなんでこんなに甘いのかしら?」 「そお?俺は全然平気だけど」 「苦いコーヒー飲みたい…おいパシリ、買ってこい」 「嫌だよ。窓の外見てよぉ、人の渦が凄まじい」 ここは中心街にある高層ホテルの10階である。中途半端な高さだからこそ街がよく見渡せる。 「あ、姉ちゃん、あそこマックじゃない?」 ホテルから2ブロック離れた場所に日本でもお馴染みのマックと思しき看板が見える。 「ねえ、飲み物、買いに行ってみる?」 幸いタイムズスクエアへ向かう観光客の集団がロビーに居たので、彼等に紛れてホテルから二人は街へ飛び出した。  日本のツアー会社の添乗員が諸々の注意を述べ、如何にも観光客の方々に混ざって歩道を歩く。 コーヒーだけ買って戻るつもりが、様々な仮装の集団や大道芸人のマジック、パントマイム、ストリートミュージシャンの音楽に気を取られて、ずいぶんとタイムズスクエアの近くに来てしまった。 恐いのでツアコンに守られた観光客の方々とはつかず離れずに歩く。 喉が渇いた二人は屋台でマシュマロの入ったホットココアとコーヒーを買う。 如何にも東洋娘の桜子を見て華系の屋台の主人は 「クーワァイ(可愛らしい)」 と中国語で言ってホットワインをサービスしてくれた。 「シナモンとグローブの匂いがする!美味しそう!」 「ハォフェ、マ?(美味しい?)」 「シェシェ!(ありがとう!)おいしー!ハオチー(美味しい)」 まず桜子はワインを飲み干して舌鼓を打ち、コーヒーを啜る。 「姉ちゃん!全部飲むなよ。俺もワイン飲みたかった!」 「あんたみたいなガキには飲酒は10年早いわよ」 ギャベッジボックスに二個の空カップを放り込み、桜子はとろけそうな笑顔で弟を見る。 いつもと同じ姉なのに、何故か今日はとびきりに可愛い。 照は慌ててココアを飲み干す。      ドーン!ドドーン! 花火が上がり、新年の訪れを告げる。 「「わぁ!」」 周りの大人達は熱烈にハグし合い、お互いのパートナーにキスの雨を降らせている。 照も興奮して桜子の手を握る。 ふぅっと時が止まる。 「あっ…」 ビュー     ドーン!ドドーン! 花火を背に照は笑う。 そして桜子を見る。 いつもの幼い笑顔では無い。 何だか遠い笑顔。 花火が雪の華のように夜空に舞い散る。 花火を背にふわりと跳ねた照の髪の毛が金色に透ける。 ふと 大きな建物一つ無い山奥が二人の脳裏に浮かぶ。 ここは平成のニューヨークなのに… 二人は照と桜子なのに… さわさわと山に雪が降っている。 薄紫色したどこかの国の民族衣装を纏った照そっくりな男は、緋色で幾何学的な文様の編み込まれた服を着た桜子そっくりの女の子に寄り添い、雪の華を眺めている。 そして、彼女の指を握る。 頬を染める愛しげな女の子… ああ、なんなの? 雪山なんか行った事無いよ。 姉ちゃんそっくりの女の子? 桜子は照を見詰める。 同じ幻想を見たのか? 隣に佇む桜子の頬に一滴涙が流れた。 「やっと逢えたね…」 変声期が終わったばかりのこ煩い照の声とは別物のずっと落ち着いた声で愛し気な言葉が出てくる。 「嬉しい…」 これもいつもの桜子のぎゃんぎゃんした口調ではなく嫋やかで鈴のなるような声である。 二人は自然とお互いの躰に腕を回して、周りの人々と同じように躰を寄せる。 「ハッピーニューイヤー!」 誰彼ともなく叫ぶ声が遠くに聞こえる。      ドーン!ドドーン! 遠雷のように花火は打たれ続ける。 二人は誰にも気が付かれないように優しいキスを交わした。   幻と間違えるくらいほんの数秒間の出来事だった。 もしここが海外でなく日本であったら、どういう解釈で弟の口付けを受け入れれば良かったのだろうか? 姉に口付けたのは照の中の他の誰かで、それを受け入れたのも桜子の中のほかの誰かであった。 「ちょっと!」 「ひゃあ!」 正気に戻った二人は慌ててからだを離す。 そして、暗黙の了解で今のキスは…お互いのファーストキスは、ノーカウントとすることに決めた。 観光客の皆さんがホテルへ帰る群れに二人は交わり帰還する。 急ぎ足ながらもしっかりと手を繋いで。
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