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「ねえ、覚えてる?」
そう目の前の彼女が言った。
「え? 何を?」
思わずそう答えたボク。
っていうか今日は念願叶えたデートの日、二人で映画を観てレストランで食事をしてそして今は夜景を眺めながら高台のドライブインでいいムードの最中で。
ふわっふわのミディアムボブ、揃った前髪から覗くくりっくりの瞳。ちょっと垂れ目なのもボクの好みで。
評判の映画のチケットがあるんだ。もしよかったら一緒に観に行かないかな。
とそんなベタな誘いにオーケーしてくれた彼女。まさかと思ったけれど昨日は舞い上がって天にも昇る気分だった。
一緒に仕事をしていても感じのよい受け答えになんとなく脈がありそうな気がしていたけど、こうしてデートに応じてくれたっていうことはきっと。
「覚えてないの?」
瞳をうるうるさせてそういう彼女に、ちょっとだけ困った顔を見せてしまう。
こういう時はなんて言ったら良いんだろう?
ああ、覚えてるよ。
って堂々言えたら良いんだろうけど。
「だから何を?」
そう、何を聞かれてるのかくらいはわからないとどうにもならないよ。
「あたしの事、を」
彼女は真剣な目をしてそういう。
うーん。
もしかして、ボクは過去に彼女と出会ったことがあったんだろうか?
学校は……別な筈。
出身の高校も大学も別だった。就職して2年、この間は同じ職場の同僚としてわりと仲良くやってこれた筈だしその間のことで覚えてるも何もないだろう。
「もしかして、以前に出会ったことが会った? とか?」
降参だ。ボクは素直にそう聞いてみる。
「やっぱり。覚えてないのね……」
残念そうな顔をする彼女に。
「ごめん。でもボクは……」
君のことが好きなんだ。そう言いかけて。
「ごめんね、そうよね。覚えてるわけないもんね」
と、ぺろっと舌を出して苦笑いする彼女に、言葉が詰まった。
この日のために用意したツーシーターのオープンカー。
兄にせびって借りてきたその真っ赤な車に乗り込んだボクら。
「運転、上手なのね」
助手席でそう呟く彼女。
「意外だった?」
そう強がってみせるボク。実際は車なんて仕事で乗るだけ。まあこの車はわりと乗り安いし何度か貸してもらって運転したことがあったから慣れてはいるんだけど。
もう後の予定は帰るだけ。彼女をうちまで送り届けるまでが今日の日程。
本当はまだまだ一緒に居たいけれどそういうわけにも行かないか。
まだ付き合ってもいない関係で自分の家に連れ込むわけにも行かないし。
下弦の月が並走してくれる夜景に酔いながらなんとか街まで帰り着くと、
「ねえ、そこの公園でいいわ」
と、彼女が言った。
「ちゃんと家まで送るよ」
そういうボクに、
「ふふ。ちょっとそこの公園で休んでいきたいのよ」
と彼女。
ちょっと艶かしく微笑む彼女に、ボクは逆らえず。
公園の脇に車をとめる。
ドアを開け、スルッと車を降りる彼女の後ろ姿を眺めながらしばらく惚けていると。
彼女がこちらを見て、笑った。
背後には下弦の月。
一際大きく弧を描くその月のあかりをバックにこちらを覗くように見る彼女に。ボクは見惚れ。
しばらく時間が停止したかと、そんな錯覚を覚えていた。
☆☆☆☆☆☆
「ねえ、晶、あなた、前世って信じる?」
「前世? 生まれる前ってこと?」
「前世であたし達は親友だった。ううん、親友以上の間柄だったわ」
あたしはそう彼女に語りかけた。
覚えてないよね。うん。しょうがないよ。でも。
少しくらい知ってくれてもバチは当たらないよね。
あたしの想い、少しくらい吐き出しても。
車を降りてきた彼女を誘いベンチに腰掛けたあたし達。
嬉しかったんだよあたしは。貴女が映画に誘ってくれた時、もしかしてあたしの事覚えてくれてたの? って思って。
ふふ。でも。
あたしの事好きでいてくれるのは分かったから、まあいいや。
「好きだよ。晶」
あたしは月明かりをバックにそう彼女に告白した。
Fin
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