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ぼうっと小さな火が灯る。じりじりと先端が燃えて、遠藤は煙を長く吐いた。唇からフィルターを離して携帯と取り出す。メモを立ち上げて彼は言った。 「子どもの霊、ってことですか。」 「わ、分からないですけど…。」 話し始めるとより井上は身を縮めていた。それを見て遠藤は再び言う。 「勘違いってことはないんですか。どっかから聞こえてきたのがたまたま、みたいな。」 「そ、それはないです!」 「確実ですか。」 「はい。で、でも、真由美は聞こえないみたいで…。」 その言葉を受けて2人は唸った。腕を組んでソファーの背にもたれる。そういった心霊現象は人の感情で発生するものである。精神的に疲労していた場合など余計に幻覚として見てしまう。もし直樹が仕事などでひどく疲れていた場合、子どもの声が聞こえてしまうという幻聴に苛まれる可能性もあるのだ。だからこそ一概に心霊現象であるとの判断はつけられない。それは2人の経験から編み出される答えであった。過去にも何度か心霊現象だと言って相談を持ちかけてきた依頼主に付き合っていくと、最終的に間違いであったという結論が出た。 遠藤はそのことを遠回しに伝えた。 「彼女さんがそういった現象を聞いてないっていうことは、直樹さんご自身が疲労していて、その影響で幻覚を見たり幻聴を聞いたりなどする可能性はあります。」 「し、しかし、他にもあるんです…これは証明になるかは分からないんですが。」 そう言うと直樹は自らの腕を摩り始めた。自分を慰めるように、冷えた体を温めるように。 「むしろ、こっちの方が、怖いと言いますか。」 ごくりと唾を飲む。 彼は確かに震えていた。 「虫が、体の中を這う感覚がするんです。」 「虫、ですか。」 「はい…ざぁざぁざぁざぁって、沢山の虫が、体内にいるような。それがひどく恐ろしくて、気持ちが悪くて…。」 思わず遠藤たちは黙り込んでしまう。それまで聞いたことのない心霊現象であったために、返す言葉がなかったのだった。 永島は一度深く息を吸うと前のめりになった。 「それはどういう感覚ですか、詳しく教えてくれませんか。」 「えっと…普段は血が流れてるって感覚しないじゃないですか。だけど虫の感覚だけは、はっきりしていて。肌の裏をざぁざぁと音を立てて、大量の虫が歩いてるような。そして時折肌をざりざりと掻くような、そんな感じもして…もうとにかく気持ちが悪くて、とにかくこれが嫌なんです。ふとした時にその感覚を覚えて、仕事にも手がつかなくなって…。」 「服の裏とかではなく?」 「はい…最初は何か病気かと思って、病院に行ってレントゲン撮ったんですけど、何も異常はなく…上から肌を掻いても、その感覚は消えなくて。」 なるほど、と言い永島は腕を組む。その隣で遠藤も悩んでいた。今まで虫に関する心霊の案件は受けたことがなかったからであった。だからこそ遠藤はタバコを灰皿の底で揉み消し、余った煙を吐いてから言った。 「分かりました。連絡先交換しましょう、とりあえず行ってみないことには判断できませんので。」 「う、受けてくださるんですか…よかった…。」 余程苦しめられていたのか、直樹は今にも涙しそうな表情で携帯を操作していた。遠藤は画面の上に滑る彼の指を眺めながら考えていた。あの下に大量の虫が這うということはどういった感覚なのか。想像するだけで寒気が襲う。 連絡先を交換し終えると彼は何度も深く頭を下げながら事務所を後にした。扉が閉まって足音が遠去かっていく。遠藤はソファーから離れて自身の席に腰掛けた。新しいタバコを一本抜いて火をつけると、黒いノートパソコンを立ち上げる。依頼書の作成は遠藤の仕事であった。 キーボードを叩いて遠藤は言った。 「友哉、憑いてるか?」 何気ない一言が事務所の中に漂う。それを掬い上げるかのように永島はマグカップを手に持つと、キッチンへ向かいながら答えた。 「いや。憑いてない。でも、確実に影響は受けてる。」 相手の目を見て霊の有無を知ることができる永島は、その力を駆使して様々なものを視てきたのだった。 「影響、ねぇ。」 「外部からの霊的な影響を強く受けてる。まぁ悪く言えば傷だらけって感じだな。」 「何。そんなボロボロなの。」 マグカップを置き、永島は遠藤を見た。どこか思いつめたような表情だった。 「さすがに本人目の前にしては言えなかったけど、かなり重症だ。早急に片付ける必要がある。」 久しく見ていなかった彼の真剣な面持ちに遠藤も呼吸を合わせた。依頼書の作成を続けながらも彼はスケジュールを確認した。
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