浮気現場

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浮気現場

カタカタとリズム感のある小気味いい音も、これほど多いと雑音だ。 だがいつからだろう、それを心地良いと感じるようになったのは。雑音が雑音であるほど、俺の無駄な思考を妨げてくれる。 「上野さぁぁん」 「葛城さん...」 向かいの席の葛城さんが情けない顔で身を乗り出しながら、コピー機を指さした。 またか、とため息を吐くと、両手に力を込めて立ち上がった。葛城さんが小さな歩幅で、申し訳なさそうな表情をしながら着いてくる。 「ローラーの清掃は怠らないでくださいと何度も言いましたよね?」 「うぅ、申し訳ないです」 「それと、紙が詰まったら無理やり抜かない。返事は!」 「はいぃ!」 返事だけはいつも完璧なんだよな...... きっと、数日もすればまた泣きついてくるだろう。コピー機とは長い付き合いになりそうだ。 「はぁ、あとは俺がやっときますから。そろそろ部長の珈琲の時間ですよ」 「あっ、いけない!後はお願いしますね!」 すれ違いざま、彼の香水がふわりと香る。 ふわふわとした猫っ毛に、たらりと可愛らしく垂れた目。そして、線が細くて小柄な体型。 (俺がもし葛城みたいな容姿だったら、遊馬も俺に飽きることなんてなかったのかも.....) ポタリ 珈琲が最後の一滴を落とし、波紋を広げる。 どんよりと重い目を動かして、社会人になってから更に痩せた薄い体を一瞥した。 「......っ」 首を左右に振ると、ハラハラと髪が顔をくすぐる。 俺は雑念を打ち消すようにコピー機の修理に取り掛かった。 「わっ」 「上野さん、お疲れ様です」 首元に感じた温もりに身を仰け反ると、イタズラが成功したとばかりにニカッと微笑む葛城が佇んでいた。 「これ、いつもお世話になってるお礼!.....の、1部です」 割に合わないそれに、じとりと視線を向けると、それに気付いたのか葛城の喋りが尻すぼみになっていく。 最近は暑さも感じる季節になってきたと言うのに、彼の手には缶のコンポタージュが握られていた。さっき首に当てられたのはこれだろう。 「あっ!上野さん今、最近暑くなってきたのにホットか......って思いましたよね?」 「えっ」 「最近より一層顔色が悪くなってて、ちゃんと食事を取ってるかも怪しいので、少しでもお腹に溜まるものをって思ってのセレクトです!」 彼なりに俺を心配しての事だったらしい。 最近痩せてきたのは感じていたが、葛城にも分かるほど体調の悪さが顔に出ていたか。 「ありがたくいただきますね。それと、急がなくていいんですか?」 「えっ?ぁ、あああああ!」 一段と気合を入れた服装と、一日中そわそわと時計を確認する姿が見受けられたことから、デートでもあるのかと思っていたが、葛城の慌てようからして正解だったらしい。 「僕急がないと!それじゃ、お先失礼しますね!」 葛城はそう言うと、パタパタと駆けながら出ていった。 急いでるというのに、品を感じる後ろ姿には流石と言うしかない。
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