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目覚めたら・・・※
泣き腫らしたためか店の僅かな照明すら目に痛い。ぼやけた視界のまま目を凝らすと、端正な顔立ちをした男が微笑みかけてきた。艶やかな漆黒の髪がはらりと落ちた先には、切れ長な目が俺をしっかりと捉えている。
「あ゛.....」
返事をしようと声を出したが、つぶれた声しか出てこなかった。
話すのは諦めてずびずびと鼻を鳴らしながら、彼と話したそうに機をうかがっている男性のテーブルを指さす。
「遊馬、か」
指の方向を興味なさげに一瞥すると、イケメンは思わずといった様子でボソリと呟く。
「?」
「いや、なんでもないです」
一瞬彼の顔が陰った気がしたが、もう一度見ると元の食えない笑みに戻っていた。
しかしながら、彼は席を立つつもりがないらしい。弧を描いている口元を見ていると、何だかこのままで良い気もしてきた。どのみち、手元の酒もそろそろ無くなる。そうなったとき、酒に頼れなくなった俺は泣き腫らして眠りにつくんだ。それなら、彼に全てをぶちまけてスッキリしても良いんじゃないだろうか。
「も......彼氏とは」
“元彼”
喉に薄い膜が張ったように、その言葉を発することができなかった。対照的に、彼氏と言う言葉はするりと喉を通っていった。まるで、あの現場を見ても彼を愛しているかのように。
(あい、して.....)
そうだ。俺はまだ、遊馬を愛している。
分かっていた、枕元のコンドームの減りが早いことも。俺でも遊馬のものでもない香水の香りにまとわりつかれながら、薄っぺらなセックスをしたことだってある。マーキングのように付けられた背中のキスマークだって。全部全部、分かっていた。
それでも、壊れ物でも触れるように俺を抱く温かい手は変わらないから。一縷の望みを捨てきれなかった。
いつかまた、俺の告白に応じてくれた、あのときの愛おしげな目で、もう一度.....
「彼を愛しているのが、辛かったんですね」
そう耳元で囁き、涙で張り付いた髪を撫で付ける。その間も彼の言葉を何度も反芻していた。
(ああ、そうか。俺は.....幸せじゃなかった)
流川遊馬は明るくて少しチャラくて、いつの間にか彼の周りには人が集まる、そんな人だった。
そんな彼がいつも視界の隅にチラついた。そして、いつの間にか俺の視線の中心にはいつも遊馬がいた。
数々の女子と浮名を流し、その度にチクリと刺さる棘の正体に気付いた時には、どうしようもないほど惹かれていた。そして高校の卒業式の日、玉砕覚悟で彼に思いの丈を伝えたんだ。
『あっ、の.....っ!ずっと、好きでした!』
『本当に!?.....くっそ、俺から言おうと思ってたのに。とことんカッコつかないじゃんか』
『えっ?』
『絶対に幸せにする。蓮のことが好きなんだ。付き合ってくれないかな?』
『うんっ、うんっ゛』
__幸せにする
「うそ゛つきぃ゛」
目に溜まった涙がとめどなく溢れてくる。溢れた水分を補おうとしているかのように喉が渇く。
欲求のままに目の前にあるグラスを一気に煽った。
「ゆっくり寝ろ、蓮」
薄暗いライトが滲む。
直前に聞こえた声は、どこか懐かしい響きを帯びていた。
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