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__皐月終夜
高校時代の同級生で、遊馬と親友関係にあった男だ。髪が目にかかっていて容姿こそ見えなかったが、今とは似ても似つかないことは明白だった。クラスも同じになったことがなく、喋ったことも片手で収まる挨拶程度しかない。そんな彼が何故今になって俺に接触してきたんだろうか。
(でも、そんなこと気にならないぐらい俺は.....)
遊馬のことがあった手前、期待などしない。無意識のうちに下唇を噛み締めていたのか、鉄臭い味が広がる。
「子ネズミは俺の財布を持って、何をしているんだ?」
突然背後から声が聞こえ、体が跳ねる。
まずい、完璧に油断してた。目の前の財布に意識を持って行かれすぎて、後ろに気を配れていなかった。客観的に考えてみよう。シャワーから帰ってきたら、自分の財布を漁っている男.....
(これって泥棒としてること同じゃ!?)
自分のしていることを再思して青ざめる。
「えっ、ま、ちがっ!別にお金を盗もうとしたわけじゃ!」
焦る頭で口だけ動き続ける。しかし、開口一番に説明することがお金のことというのも怪しさしかない。焦燥していると、終夜が笑いを我慢して口角をひくつかせていた。
「くくっ、金を盗まれたとしても別に構わなかったがな」
「へっ?」
「そんなものが俺の傍にいる理由になるなら、いくらでも貢いでやるさ」
彼の言葉に頭がついてくると、みるみる顔が真っ赤に燃えるように上気するのを感じた。
「ばかじゃ、ないのか」
「そんなに可愛い顔を俺に見せていいのか?.....食うぞ」
「ひぇっ」
形の良い唇で、はむっと耳を挟まれる。腰に巻かれたタオル越しに戦闘態勢に入っているモノが見えて、抵抗を込めて身を捩った。
「ふっ、冗談だ。朝食にするぞ、シャワーを浴びてこい」
終夜は俺を離すと、キッチンへ向かった。その後ろ姿を怪訝な面持ちで追う。
(絶対、冗談じゃなかった.....)
シャワーといっても眠った後に綺麗にしてくれたのか、俺の身体は清潔に保たれている。
朝風呂はしないんだけどな.....と思いながら、シャワーに向かった。
「良い匂い」
シャワーから出ると、食欲のそそる香りがキッチンの方から漂ってくる。
ガーリックオイルが焦げた香ばしさに鼻をひくつかせながら、ふらふらと歩みを進めた。
「お、上がったか。もう出来てるぞ」
「凄い.....いただきます」
料理自体は俺も食べたことがあるものだが普段口にしているものとは違う、まるで別物の本物の味がした。普段は食べるのは早い方だが、一口一口を噛み締めながら食べていたからか時間が掛かる。
「ご馳走様でした」
「ふっ、お粗末さま。こんだけ美味そうに食ってくれると、作りがいがあるな」
「今まで食べてきたものの中で1番上手い!」
この感動をどうにか伝えようと、身を乗り出して主張した。そんな俺の姿が面白かったのか肩を震わせながら見ている。
「くくっ、そうか。それは良かった。それじゃ、行くぞ」
「えっ?どこに?」
「お前の家」
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