愛してた、別れよう

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愛してた、別れよう

その後、あれよあれよという間に車に乗せられて遊馬と俺の住むアパートに到着した。 なぜ俺の家を知っているのか。という疑問も抱かない程に一瞬の出来事だった。 「.....」 ドアの前に立った途端、手の震えで鍵を持つ手が定まらなくなる。 (遊馬に会うのが、怖い.....っ) 呆然と立ち尽くす俺の背後に回ると、震える手に骨ばった大きい手を重ねた。 まるで石化の魔法を解かれたように、触れられた先からじんわりと力が抜けてくる。首をねじって彼の顔を覗き込むと、力を込めてコクリと頷いた。 「.....っ」 「大丈夫だ」 鍵を開け、ドアに手を掛けたとき、ドタドタと人の気配を感じた。俺の恐怖が伝わったのか、肩に手を回してくれる。筋肉質な身体に全身を預けているのは安心するが、ぐっと足に力を込めて自分の足で立った。 「蓮!?.....しゅう、や?」 やけに皺の寄った服を着た遊馬が勢いよく出てくる。もしかして、一日服も着替えずに待っていたのだろうか。俺しか見えていなかった様子の遊馬だったが、直ぐに横に立つ男の正体に気付いたのか酷く狼狽える。 「なんで、蓮が終夜と.....?」 端正な容姿を歪め、悲しげに当惑しきった表情で俺に答えを促した。 こんな顔をされたら、以前の俺ならどんなに自分に言い訳をしてでも彼との生活を選んだことだろう。もしかしたら、そうやって一生を費やしていたかもしれない。けれど、それが自分の望む幸せでは無いことを今の俺は知っている。 「遊馬、別れよう」 「えっ?」 まるで、予想外の言葉に耳を疑っているように、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。 遊馬のその表情に、憤りを通り越して呆れを感じる。彼は気付いていなかったんだ、俺がどんなに惨めな生活を強いられていたか。いや、気付いた上で別れを切り出されるとは思っても見なかったのかもしれない。 「俺を愛してくれない遊馬といるのは、辛かった」 「は.....っ?」 「だから、もうやめに」 「蓮は俺が好きだったの.....?」 俺の別れの言葉を遮ってまで伝えたかったことが、そんな今更なことなのかと呆気に取れる。 しかし、睨みつけるほど真剣な面持ちに、戸惑いながら頷いた。
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