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「あんた、覚えてるか? パスワードを」 「パ、パスワード? 」 椎尾啓介(しいお けいすけ)は眉をひそめた。このネット社会において個人が抱えているパスワードはひとつやふたつであるハズもなく、思い当たるふしもなかった。 椎尾が手にしているノートパソコンはたった今 目の前の男から奪い取ったものだ。パスワードの話はこのパソコンと無関係ではないであろう。 ノートパソコンの画面に表示されているのは Yes/No の二択であった。 「全てのデータを消去しますか?  [OK][キャンセル]」 もちろんキャンセルだ。 椎尾がバカげた選択肢を閉じると、その背後に隠れていた画面は死へのカウントダウンを開始していた。 「全てのデータを消去します。  実行まで [487.365秒]  [キャンセル]」 487秒・・・、あと8分かそこらで全てのデータが消えるという。 データというのは椎尾の経営する会社の情報全てだ。 椎尾は震える手で「キャンセル」ボタンを押した。 「パスワードを入力してください」 「こ、、、これのことか」 ようやく言葉の意味を理解した椎尾は目の前でうずくまる出渕雄三(でぶち ゆうぞう)をにらみつけた。 出渕はホコリをはらいながら、ゆっくりと立ち上がった。 「本社の金庫にしまってあるじゃないですか。  紙切れに書いた あの 64ケタの数字ですよ」
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