梅雨の晴れ間のプロローグ

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梅雨の晴れ間のプロローグ

 リリコはとつぜん、見上げた青空が広くて深い穴みたいに思えてきた。    雲に邪魔されずのびのびと手足を伸ばす太陽は、ずっと遠くにある真っ暗な宇宙空間でじっと浮かんでいる。  それは小さい頃からなんとなく知っていたし、理科の教科書にものっていたからまちがいないことなんだろうけど、リリコはちょっとうたがっていた。    だってそれ、めちゃくちゃ怖くない?   わたしが小学5年生だからって、大人のひとたち、わたしのことだまそうとしてない?    そんなふうに考えていたら、見上げているつもりの青空に、高いところから地面を見下ろすのと同じ怖さを感じてしまった。  リリコはいてもたってもいられなくなって、玄関の脇に置いてある自転車にとびのった。  湿気で重たい空気を、リリコはびゅんびゅん切り裂いていった。運動は得意でも苦手でもないけど、いまは近所の山道を自転車で駆け巡りたい気持ちでいっぱいだ。  心臓の動きがだんだんはやくなっていく。リリコは口の中に、3時のおやつだったプリンのかおりを感じながら、どんどんペダルをこいだ。  すると、ふしぎなイメージが頭の中で浮かび上がってきた。 「ここは宇宙空間とは別のルールでうごめく夢宙(むちゅう)空間」  長い坂道に自転車を滑らせながら、リリコは続きを想像した。   「どこまでも広々としている様子は宇宙のようだけど、真っ暗じゃない。全体的にオーロラみたいな虹色でうっすらとおおわれている。無重力で、星もぷかぷか浮かんでいるけれど、その形は○型ばっかりじゃなくて、☆型の星や♡型の星とか、いろいろ!    その中を、とーってもかわいい女の子が一人、大きな羊にのって跳ね回っている。  女の子の名前はプディンカ・プリントロン。惑星プリントロンのお姫様で、この物語の主人公!  プディンカの乗っている羊の名前はそうだな……メエメエでいっか。 メエメエにとっては上下左右なんて関係なくて、どんな宙ぶらりんな場所でも地面があるみたいにふんばって飛び跳ねることができる。だからメエメエは跳ねるたびにグルングルン回転して、悪ノリしたジェットーコースターみたい。 プディンカの頭の上では、ティアラが吹っ飛びそうになりながらも必死にこらえている。ドレスのすそもちぎれそうなくらいにはためいてる。  普通じゃ目をまわしそうな状況だけど、プディンカの表情はむしろ笑顔。メエメエのツノをハンドルみたいに掴んで、とっても楽しそう。  あっちこっちへ流れ星みたいに高速移動するのがきっと、プディンカにとってのストレス発散なんだ!  そんな感じでなりふりかまわず夢宙空間をかけていたプディンカだけど、ふと、なにかが気になってあたりを見回す。  そのうち、なにか見つけたみたいにこっちを見る。  わたしは、プディンカと目があった」 「誰かしら、さっきからわたしのことを見ているのは?」  がしん! と車輪がぶっそうな音をたてて、リリコは自分が自転車に乗っていることを思い出した。  自転車は大きな石にいきおいよく乗り上げてしまったようだった。 「わ! わ! わ! わ!」  リリコはあわててハンドルを操作し、なんとか体勢を立て直した。でも、昨日降った雨が大きな水たまりをつくっていたことには気づけなかった。    車輪が水たまりに飲み込まれて、スリップした。    ずる! っと不吉な予感。 「わああああああああ!」  ばしゃこーん!  リリコは自転車ごと泥水の中へ倒れてしまった。 「いてててて……」  と、リリコは自分の様子を見てげんなり。全身びしょぬれで泥まみれ。ジーパンはなんとかなるかもしれないけど、シャツは洗っても汚れが落ちないかもなー。けっこうお気に入りだったのに……当然、自転車もサドルまで泥まみれ。 しかたない、立ちこぎして家まで引きかえそう。  それにしても……自転車を水たまりから引き上げながら、リリコは思った。  さっきもしかして、プディンカがわたしに話しかけてきた?  まさかね。わたしったらついつい作り話に熱中しすぎ。  でも、もしそうだとしたら、わたしの特権だよね。  だってプディンカは、わたしの想像の中だけでしか会えない、すてきな主人公だもん。
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