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蛭児の隣の席に同僚が座ってきた。名前は酒神(さかがみ)、蛭児とは社会人になってからの親友である。彼は蛭児とは正反対で極めて整った顔をしており体型もスマートであった。だが、酒癖と女癖が悪いことで女子からの人気は皆無、結婚したくない男ランキングには毎年上位に入り込んでいる。
「モテモテだな、羨ましいよ」と酒神が蛭児を誂うように戯けた。蛭児は首を横に振った。
「僕個人が好きって訳じゃないんだよ。みんな金さ。僕の金が好きなだけさ」
肘の高さを超えるほどのお見合い写真に、ダンボールにぎっしりと詰め込まれた恋文、これら全ては「カネ目当ての女」が送ったことは明白だった。カネさえなければこんな醜男の自分がこんなにモテる筈がない。蛭児はこれを十分にわかっていた。
先程見てきた「結婚したい男ランキング」のいきなりの一位だってそうだ。結婚したいのは俺じゃなくて「おカネ」だろ? と、蛭児は高らかに叫んでやりたくなっていた。
「で、どうするんだよ」
「全部ゴミだよ。帰りにコンビニのゴミ箱にポイさ。これ燃やすだけでどれだけCO2が出ると思ってるんだ」
「ほんとだよ」
蛭児は気まぐれで一枚の恋文を手に取った。差出人の名前は全く以て知らない女。内容はやはり予想通りの教養に溢れた美辞麗句の羅列、結びの言葉は「結婚の申し込み」でかしこも書かれていない。
「実に教養のあるお嬢様だ」蛭児は嫌味混じりにこう呟きながらその恋文をシュレッダーにかけた。そして、ラジオDJが視聴者のハガキを読むようにもう一枚の恋文を手にとった。
内容はやはりやはりのテンプレート素材を疑う程の過剰なまでの美辞麗句の並べられた定型文に加え結婚の申し込み。だが、蛭児にとって内容はどうでもいいものだった。問題は宛名、彼にとって見覚えのある名前だったのだ。
「近藤睦月……」
蛭児はこの名前を一生忘れない。中学校の時の同級生で彼を蛇蝎のように嫌いに嫌い、登校拒否にまで追い込んだ女子である。そいつがなんで今さらラブレターを? 蛇蝎のように嫌っていた相手と結婚したいなんてフザけているにも程がある。顔も見たくないし、見た瞬間にボコボコに殴り倒し自分の面よりも崩壊した顔面シュールレアリスム展覧会でも開催してやりたい気分なのだが、中学時代のことを覚えているかどうか、何よりも今更こんな手紙を送ってきた理由の確認のために接触を取ることにしたのだった。
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