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「じゃないないと、俺は良心の呵責に苛まれて、いてもたってもいられない」
「良心の呵責?」
「お前から、文乃を奪った罪だよ」
亮介はナルシストめいたことを口にする。
いや、奪われてはいませんが、と花音は心の中でボヤいた。
花音と文乃が別れたあと、亮介が猛アピールの末、付き合い出しただけですが。
むしろ、そのことに、花音は感謝をしている。自分が傷つけ、突き放した文乃を癒してくれたのだから。
「お前もいい加減、あの時の呪縛から解き放たれたわけだ」
亮介が安心したように言う。その亮介を呼ぶ声が、電話の向こうから聞こえた。
「わりぃ。ちょっと急な会議が入っちまった。──また、今度」
そう言って、亮介は一方的に電話を切った。
「まったく、なんなんだ、慌ただしい」
花音はスマートフォンをテーブルの上に置き、独りごちた。
亮介からの電話はいつも一方的だ。勝手にベラベラと捲し立てて、言いたいことが終わったら切る。
それは手短に済んで楽ではあるが、こちらの言い分にも少しは耳を傾けて欲しい、と花音は思う。
それにしても、今の電話の様子だと、文乃は菜摘の一件を亮介には伝えていないのだろう。菜摘と友人関係を続けるのなら、それは懸命な判断だと言える。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」
桜を見つめ、花音はぽつりとつぶやいた。
<了>
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